Remember me? ~children~ 4
ただし、彼にとっては話限定。
実際に肝試しや心霊スポットへ行く事を、強く拒む事が度々あったものだ。
=^_^=
「ねえ、皓。やっぱりやめた方がいいよ……」
「何言ってんだよ! 博美に何かあってからじゃ遅いんだぜ?」
私と皓は、小学校近くの住宅街の公園のベンチに座っていた。
もう陽は西に傾いていて、空はオレンジと青で半々の色に染まっている。
傍から見れば、私達はどう見ても夏場に身を寄せ合っている暑苦しいカップルだ。
実際は違うけれど。
目の前でサッカーをして遊んでいる小学生の集団が、公園から出て行く。
「やばい、口裂け女が来るよ!」
「早く帰らないと!」
等と騒いでいた。
もうこの噂は、街では誰もが知っている様だ。
口裂け女。
赤いコートを身に纏い、サングラスとマスクで顔を隠した怪人。
誰がこんな古臭い噂を広めたのかは知らないけれど、地元の小学生には彼女を見たという子が何人もいる。
この噂を聞いた皓は「博美が……。博美を守らないと!」
等と言って、放課後になるなり私を、この口裂け女の出没地と言われる公園に連れ出したのだった。
実害があったっていう話は聞かないし、博美にも直接の被害はないと思うんだけどなぁ。
公園の時計を見上げると、時間は六時を回っていた。
空は完全に夕暮れ色に染まり、辺りは薄暗くなっている。
「ねぇ、皓。もう帰ろうよ。口裂け女なんて出て来ないよ」
「いいよ、帰っても。俺はまだ、ここにいるから」
もし私が帰ったとして、皓は一人でいつまでここに居続けるつもりなのだろうか。
私は首を横に振った。
「やっぱり帰らない。皓が帰るまで、一緒にいるよ」
「悪いな、こんな所に連れ出して……こんな時間まで……」
「私は大丈夫だよ。皓は? 無茶して、いつも体壊してるんだから」
「そうか?」
「そうだよ」
「……そうだったかも。ありがとな、心配してくれて」
皓は私に笑い掛ける。
やっぱり、皓の笑顔は癒されるなぁ。
楓も、啓太郎も言っていた。
皓は周りを明るくするって。
博美なんて皓が大好きで、彼にべったりだし。
ちょっとだけ……博美は小学生だけど、そんな彼女の気持ちも分かるかも。
てっ、何て事考えてるんだ私は!
私が皓の事を好きだなんて……そんな事、絶対にある筈がない。
あって堪るものか!
別に、全く気がないという訳ではないが、友達としてなら良い人だし……。
「香奈、顔が赤いぞ?」
「え?!」
ああ、まただ。
こんな事を考えただけで、頬が火照ってしまう。
その度に思う。
きっと、私には誰かと付き合ったりする事なんて到底、無理な事なんだろうなって。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと熱くなっちゃっただけだから」
頬に自分の手の甲を添える。
ちょっとだけど、冷たくて気持ちが良い。
こんな時、男の子が何とかしてくれるものだけど、きっと皓は私に触りすらしない。
私達に対して、変に気を使ってしまう事があるから。
「香奈!」
「え?!」
突然、私の名前を発したと思うと、皓は私を抱き寄せていた。
「え?! ちょっ、何で?! え?!」
気が動転してしまって、まともに言葉が出せない。
どうして?
なんで、いきなり私を抱き締めたりしたの?
今までで、こんな事をされたのは初めてだ。
耳元で、皓が小さく囁く。
「公園の外、ベンチの背もたれの向こう。赤いコートの変な女が歩いてる」
「え?」
抱き寄せられた状態で、ベンチの背もたれ越しを除く。
足の半分以上まで覆う赤いコート、顔を覆うサングラスとマスク、長く伸ばした真っ黒な長髪、赤いハイヒールのコツコツという足音。
きっと、あれが口裂け女だ。
周りには近所の人も通行人もいない。
道に口裂け女が一人。
そんな光景が、より彼女の不気味さを強調している。
「香奈、ここで待ってろ」
皓は抱き締めていた私を突き放し、公園の外へ駆け出した。
「ちょっと! 危ないよ!」
口裂け女が皓と私の存在に気付く。
彼女の恐ろしい眼光が私達を睨む。
それでも皓は、口裂け女に向かって全力で疾走する。
「おい、コラ! そこのお前‼」
陸上部並みの猛スピード、ヤンキー並みの気迫。
そんな彼を見た口裂け女は、ビクッと肩を震わせ、赤いハイヒールをコツコツと鳴らしながら慌てて逃げ出す。
「待てよ! 逃げんのかよ!」
コツコツとハイヒールを鳴らして不器用に走る口裂け女に、皓は追い付いたかと思うと、一気に彼女の背中に飛び掛かった。
二人が大袈裟に道を転がる。
「ちょっと!」
慌てて二人の元へ駆け寄った。
その時は、口裂け女への恐怖よりも、こんな無茶をした皓への呆れの方が強かった。
まったく、皓は行動したら何をしでかすか分かったものじゃない。
皓は上から腕や足で口裂け女を押さえ付け、彼女の動きを封じた。
「香奈! 今だ! マスク! これ取って!」
「え? う、うん」
逃げ出そうと暴れている彼女のマスクを、私は恐る恐る取った。
「あれ?」
マスクを取った下、そこには普通の口があった。
勿論、口は裂けていない。
それ以前に、その口周り。
主に鼻の下や顎には、黒い粒々の何かがある。
これって髭……だよね……。
皓の下でもがく内に、口裂け女の正体が明らかになる。
サングラスは徐々に顔からずれ、長くて黒い長髪は不自然に乱れた。
やがて黒い長髪はすっぽりと外れ、サングラスも完全に外れた。
皓の下でもがいている異形の存在、口裂け女。
その正体は、僅かに頭に髪が残っていて、顔の口周りには黒い粒々の髭が生えている、赤いコートを着てハイヒールを履いた……五十代半ば程の只のオジサンだった。
「正体がばれたのでは仕方がないな。全部話すよ」
女装壁剥き出しのオジサンは、公園のベンチの中央に腰掛けた。
それに向かい合う様に、私と皓は前に立つ。
訳が分からなく唖然と立ち尽くす私達に、彼は話を切り出した。
「君達が何を思っているのか。それは大体分かるよ。口裂け女の正体が、僕の様なオジサンだった事だろ?」
彼の目線が皓に集中する。
「まさか、君みたいな勇敢な子がいるとは……。まだ、世の中も捨てたもんでもないみたいだね」
皓は丁寧に頭を下げる。
「すいませんでした。……いきなり暴言吐いて、飛び掛かったりして……。でも、どうして、あんな格好を?」
「その事に関しては、まず以前この街で起こった事件を話しておくべきかな」
「事件?」
「かなり前の事だから、君達は知らないだろうけどね」
今から三十数年前の事。
この街で一つの事件が起きた。
とても残酷で、聞いただけで吐き気がする程に気分の悪くなる様な事件。
被害者の女の子の名前は美弥。
事件当日の夕方の事、美弥はいつも通り小学校から自宅までの帰路を、友人達と共に歩いていた。
友人達と別れてすぐ、美弥は異質な男性に出くわした。
男の容姿は、一言で言えば汚らしかった。
中年の小太りした体、無造作に剥げ散らかした頭。
みてすぐに、汗や臭い等の言葉を連想してしまう程に、汚らしい容姿をしていたのだ。
作品名:Remember me? ~children~ 4 作家名:レイ