Remember me? ~children~ 4
True Episode1 Kana Hirai
「初担任、お疲れ様」
カウンター越しのバーテンダーさんは、博美にカクテルを差し出した。
綺麗な水色が、グラスの中で光っている。
「ありがとうございます、啓太郎さん」
「おいおい、名前で呼ばれたら格好付かないじゃないか」
私と博美の座るバーカウンターの向こうにいる彼、啓太郎は愛想良く笑う。
「あら、私にはないの? ご褒美」
「勿論、香奈の分もあるよ」
そう言うと彼は、博美と同じ物を私に差し出した。
「気前が良いのね」
「勿論! 高校時代の友達が来てれくれたんだから、これくらいは当然だよ」
優子と麗太君が、小学校に入って五度目の夏休みを迎えた日の深夜。
私は二人が眠ったのを見計らって家を出た。
博美と啓太郎で、このバーで集まる約束をしていたのだ。
啓太郎は、私の高校時代の同級生で、当時はよくつるんでいた。
ここは、そんな啓太郎が今年の春からオープンしたショットバー。
名前はブラックサン。
本人曰く、夜に活動する大人っぽいクールなイメージにしたかったらしい。
他にも理由はありそうだけど、そう思っている時点で考え方はまだまだ中二病だ。
啓太郎は昔からそうだった。
下手に格好を付けようとして、逆にそれが空回りしてしまう。
前の仕事、ホストクラブでの経験を生かしてバーを開いたそうだが、いつまで続く事か。
まあ、顔だけは良い。
引き締まった細身の体にバーテン服、ワックスで自然に整えた、ガキっぽさのない髪型。
それほど格好は悪くないのだ。
「それにしても啓太郎。高校の時から随分、雰囲気変わったわね」
「そうかな?」
「そうよ。男らしくなったわ。気前も良くなったしね」
先程出されたカクテルを、私は口に運んだ。
お酒なんて、飲んだのは久しぶりだ。
あの人が家を出て行ってから、ずっと飲んでいなかった。
あの人……平井皓……。
優子の父親であり、私の夫。
「皓……」
その名を呟いていた。
「皓さん、まだ戻って来ないんですか?」
「ええ、麗太君がうちに預けられる、ちょっと前に出て行ったわ。優子には単身赴任って言ってあるけど……実際のところ、どう思われてるのかしらね」
「こんな時、楓さんがいれば……」
沙耶原楓。
麗太君の母親であり、私の高校時代からの親友。
彼女には、今まで何度も励まされて来た。
それがあったからこそ、私はめげずに今日まで生き続ける事が出来たんだと思う。
「あの時も楓が止めていなかったら私は……ここにいなかったかもしれないしね」
「優太君の事か……。本当に残念な事だったよ」
「そんな事があったからこそ、優子には絶対に辛い想いはさせないって決めたの。あの子には……絶対に……」
話が暗過ぎて、博美は今にも泣き出しそうだ。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
一度、気分を切り替えて、それからまた戻って来よう。
用を済ませた後、手を洗っている最中に、ふと鏡に映る自分を見た。
背中まで伸ばした長くて黒い髪や、薄く頬にのばした化粧。
年相応の体。
全部、皓が好きだった私の一部。
あの時の皓は、私を愛して已まなかった。
たぶん今でも……。
だからこそ皓は私達を置いて、あの家を出て行ったんだと思う。
=^_^=
私と楓は小学校からの幼馴染。
二人でこの街の高校に入学して、私達は皓と啓太郎に出会った。
休み時間や放課後、授業をサボったり、どこへ遊びに行くにも、私達は一緒だった。
今、優子達が学校帰りによく寄っている駄菓子屋は、既にその頃からあった。
カラオケやゲームセンターよりも異質な場所を好んでいた皓は、私達をその場所に連れ出した。
そこで私達が出会った小学生の女の子。
それが博美だ。
喧嘩っ早くて、口より先に手が出る博美は、学校では浮いた存在だった。
一緒に遊ぶ相手もいなければ勿論、誰も相手にしてくれない。
そんな博美を、駄菓子屋のお婆ちゃんは嫌な顔一つせず面倒を見ていた。
博美にとって、店に来る客、つまりお婆ちゃん以外の人間全てが自分にとっては邪魔な存在だった様で、私達が駄菓子屋に来る度に、彼女は嫌な顔をしていた。
でも色々あって、結局は博美が皓に懐いて、しだいに私達と打ち解けていったんだっけ。
夏休みには皆でお祭りに行って、遠くへ出掛けて。
あの頃は本当に楽しかった。
しかし高校二年生の後半になると、私達の関係はしだいに軋み始める。
私は皓と二人でいる事が多くなり、博美を含めていつものメンバーで集まる事は少なくなっていった。
あの時の私は、誰よりも皓を特別に思っていた。
楓や啓太郎や博美よりも……何よりも……。
私は楓達に内緒で、皓の家に二人で泊まり、ついに彼と肉体関係を持ってしまった。
何もかもが衝動的な出来事で、悪い様には感じなかった。
楓達も誰も知らない、私と皓の二人だけの関係。
ただ、皓に触れていてもらえる、私が皓に触れている。
それだけで嬉しかった。
自分のお腹に赤ちゃんがいると分かったのは、私が皓と関係を持ってから、数週間後の事だった。
不安ばかりが込み上げて、死んでしまいたいとすら思った。
こんな事、皓以外の誰かに言える筈がない。
だから真っ先に、この事を皓に伝えた。
皓はあまりにも辛そうな顔をして「ごめん……ごめんなさい」と、泣きながら私に謝り続けていた。
もしかしたら私達は、こんな結末を望んでいたのかもしれない。
二人だけの関係から生まれた、お腹の中の存在。
それは私と皓しか知らない、私達の赤ちゃんだ。
二人でこれからの事を考えて出した結論は、互いの親や楓達、誰にも見つからないどこか遠くの街へ行く事。
私達は平日の始発の電車に乗り、自分達の街を離れた。
親にも、友人にも、誰にも別れを告げずに……。
=^_^=
カウンターに戻った時、博美はグラスを片手に突っ伏していた。
「飲んで泣いて、さんざん愚痴をこぼして寝ちゃったよ」
啓太郎は洗ったグラスを拭きながら、微笑している。
どんな話をされたのだろう。
博美にも、色々とあるんだなぁ……。
彼女の隣に座り、飲み掛けだったお酒を口に運んだ。
「啓太郎は最近どう? 何か変わった事はある?」
「最近は落ち着いてきたかな。経営も、彼女との関係も」
「一緒にこの店を切盛りしてるんでしょ?」
「うん。ホスト時代に付き合って、突然この店を任された。元々はおじいさんの店だったらしいけど」
啓太郎も何かと苦労している。
ある意味、楽をしているのは私だけかもしれない。
子供達と楽しく日々を過ごして、私だけは何もせずに、ただ皓の帰りだけを待ち続けている。
何もせずに……。
「そういえば口裂け女の噂、覚えてる?」
「ああ、小学校近くの住宅地にいるっていう、あれか」
今年の夏前、この街に再び流れ出した噂。
口裂け女。
この噂が、私達の身近で最初に広まったのは、私達がまだ高校生の頃だった。
「そう。あれの真相、知りたくない?」
「え?!」
彼の目の色が変わる。
たしか、啓太郎はこんな噂話が大好きで、私達は彼の妙な噂談義に、しょっちゅう付き合わされていたものだ。
作品名:Remember me? ~children~ 4 作家名:レイ