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Remember me? ~children~ 2

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「まあまあ上がりなさいよ。長い立ち話なんかしてたら腰にくるわ」
 お婆ちゃんは私達を座敷の奥の部屋に招いた。

 表の駄菓子屋の外観とは打って変わって、招き入れられた座敷の奥には、普通の居間があった。
 中央には縦長な卓袱台が置かれていて、部屋の隅には大きなテレビがある。
 卓袱台の上に置かれた駄菓子の束や、三つの湯のみ茶碗と急須を見るに、三人ともさっきまでここで談義していたのだろうか。
「さぁ座って」
 お婆ちゃんに言われ、皆が縦長な卓袱台を囲んで座る。
「はい、どうぞ」
 お婆ちゃんは私達の前に、粉の入った小さな市販の袋を二つ置いた。
 袋には、よく見るコーラとサイダーの模様が描かれている。
「これは?」
「知らないのかい。ちょっと待ってなよ」
 お婆ちゃんはゆっくりと立ち上がり、暫くしてから水の入ったコップを二つ持って来た。
 袋をポンポンと叩き、コーラと書かれている方の袋の粉を水の中に入れ、かき混ぜる。
 すると、コップの中の水はたちまち泡を発し、コーラと同様黒く染まった。
「飲んでごらん」
 お婆ちゃんはコップを私達の前に差し出す。
 怪しいとは思ったのだが興味の方が勝り、コップの中のコーラらしき液体を一口飲んだ。
 おいしい。
 というより、これは普通のコーラだ。
「どうだい?」
「おいしい!」
「そうかい、良かった」
 藤原先生は微笑ましそうに言う。
「やっぱり似てますね。香奈さんと優子ちゃん」
「そうね。私も昔は、よくこれを飲んでいたものね」
 昔……そういえば、ママと藤原先生はどういう関係なのだろう。
 それにこのお婆ちゃんは?
「ママは、藤原先生とお婆ちゃんとは、どういう関係なの?」
「そうねぇ、一番に話さなくちゃならない事が抜けてたわね」
 ママは駄菓子を一つ取り自分の側に置き、お茶を一口飲むと話を切り出した。

 ママの話によると、高校の頃の友達、つまり藤原先生とは、この駄菓子屋で知り合ったのだそうだ。
 その頃、ママは高校生。
 藤原先生は、まだ小学生だった。
 年を経ても、藤原先生との付き合いは長く、今日の様に大人になった今でも頻繁に会っている。
 私が見たテーブルの上に置かれたメモ用紙は、全てママの計算で、私と麗太君を駄菓子屋に誘導する為の物であった。

「あの頃が懐かしいわ。友達は皆、この街を離れて都心に引っ越しちゃったし。今となっては、残る私の友達は博美だけね」
 ママは少しだけ悲しそうな顔をしていた。
 数週間前、麗太君のママは亡くなっている。
 きっとママの心には、その事も大きな傷として残っているのだろう。
 ママの周りにいた人は、少しずつではあるがいなくなっていく。
 きっと、大人になれば私も……。
 でも今は、ママの周りにはたくさんの人達がいて、ママを支えている。
「今は、私が……いるから」
「え?」
 恥ずかしくて、顔が火照ってきた。
「私がいるから。麗太君も、マミちゃんだって。パパだって、すぐに出張から帰って来るよ」
 私は何て事を勢いで言ってしまったのだろう。
 本当に恥ずかしい。
 麗太君だって側にいるのに。
「……ありがとう、優子」
 赤面して俯く私に、ママはいつもの様にからかう事もなく、穏やかに微笑んでくれた。

 高校時代のママ、その頃の藤原先生の話。
 私や麗太君の学校での話。
 長い話に明け暮れた後、私達は座敷から降りた。
 既に陽は傾き始めていて、駄菓子屋の入り口である硝子戸からは、オレンジ色の光が真っ直ぐに差し込んでいる。
 帰り際、お婆ちゃんは私と麗太君に言った。
「何か好きなお菓子を一つ持って行きなさい。今日はタダで良いからね」
「お婆ちゃん、ありがとう!」
 棚の上には、スーパーで買える様なお菓子もある。
 どうせなら食べた事のない様なのが良いなぁ。
「麗太君は、どんなのが好きなの?」
 振り返ってみると、麗太君は店の隅にしゃがんで何かを見ていた。
「どうしたの?」
 近寄ってみると、隅には丸く太った白い猫が座っていた。
 目の前だけをじっと見つめていて、まるで動こうとしない。
 なんでこんな所に猫が……さっき店に入った時には、いなかった様な……。
 もしかしたら、気付かなかっただけかもしれない。
 そもそも、この猫は本物なのだろうか。
 恐る恐る猫の頭を撫でてみた。
 すると、ニャアァ―という、なんとも脱力気味な、それでいてどこか可愛らしい泣き声を発すると、大口を開けて大きなあくびをした。
「この猫……本物だよ!」
 喜んでいる私に続いて、麗太君も猫を撫で始める。
 気持ちが良いのか、猫は太った体を床に倒し、寝そべって腹を出して見せた。
「可愛い!」
 興奮している私の声を聞き付け、座敷の前で話していたママ達が来た。
「なんだマル、また来たのかい」
 お婆ちゃんは上の棚に置いてあった猫の餌の入った皿を取り出して、床に置いた。
 皿に盛られた餌を、猫は尻尾をゆっくり振りながら食べ始めた。
 ご機嫌なのだろうか。
「マルって?」
「太くて丸いからマル。こいつの名前さ。ずっと前から、勝手に入って来るのが習慣になっちまったのさ」
「ずっと前?」
「私が高校生の時からよ」
 ママは屈んで、ゆっくりと猫の頭を撫でる。
「ママが?」
「そうよ。さすがに、同じ猫ではないと思うけど。そうねぇ、もしかしたら、今ここに来てるマルは、私が高校生の時のマルの子供かもしれないわね」
 マルには飼い主が付けてくれる鈴がない。
 おそらく野良だ。
 そういえば、入り口の硝子戸は閉まっていたのに、どこから入って来たのだろうか。
 ふと、上の方に位置する開いた窓から、外の光が差し込んでいる事に気付いた。
 なるほど、あそこから入って来たのか。
「お婆ちゃん、あの窓」
「あれは、マルが好きな時に入って来れる様にする為の物さ。マルも親子揃って大事なお客さんだからね」
 マルも、私達と同じだ。
 親から子へ、自分の好きな場所や物は伝えられていく。
 ママもこの場所が好きで、私達をここに呼んだのだろう。
 勿論、私もこの場所が好きになった。
 だから今度は、マミちゃんにも教えてあげよう。
 ママや麗太君、藤原先生も、皆でここに集まればきっと楽しいから。
作品名:Remember me? ~children~ 2 作家名:レイ