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蜜柑

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「あ、まだ食べちゃ駄目」
そう言われてテーブルの端に置かれたまま五日が過ぎた蜜柑がふたつ。
確か買ってきたとき、十個ほど詰まった朱色のネットの中でまだ碧さが残っていたものだ。
蜜柑色の皮の和らいだものは、すぐにキミとボクの胃袋に入った。
「これで炬燵があったらいいのにね」
そんなことを言いながらキミが食べる蜜柑が美味しそうに見えた。

「さてと、ねえこれ使っていい?」
「いいよ」
ボクは、書き損じた原稿用紙をキミに渡した。
もう片手には、その蜜柑を乗せていた。
「食べるの?」
「そう。綺麗な色になったね」
ボクは、毎日見ていたはずなのにいつの間にか碧さが消えて蜜柑色らしくなったことに気付いた。
キミの掌にも小さく見える蜜柑を鼻に近づけ、鼻筋に皺を寄せる。
「まるで、目を細めた猫のような顔だぞ」
「にゃお。ねえ猫って蜜柑食べるの?」
「さあ?」
小さな蜜柑のへたの横に爪を立て皮を剥きはじめた。
原稿用紙の裏に細かく千切れた皮が捨てられていく。
「皮剥くの下手だなー。ばらばらじゃないか」
まだ幼い子が、うまく剥けずに一生懸命奮闘しているようだ。
「ちゃんと剥けるよ。でもこうしたほうが、匂いがいいでしょ。ほら部屋中いい香りってね」
とくに芳香剤など置いてないし、好まないボクの部屋に蜜柑の香りが漂い始めた。
キミの指先が、楽しそうにぴりぴりと白いすじを取る。
「はい」
「まだ白いのついてるよ」
「太いのは取ったよ。これが身体にいいんだから、ほどほどでいいの。はい、あーん」
「あーんってねぇ」
「だって、手が汚れちゃうよ。誰も見てないからさ。はい、あーん」
誰が見ていようと見ていなくても、恥ずかしいんだ。
だが、口の前にキミの指先に摘まれた蜜柑の房を食べないわけにはいかない。
「あ、食べちゃ駄目でしょ」
キミの指先まで食いついてしまった。いや本当はわざとやったことだ。よくあることでしょとばかりに…。
「もうー」
キミがその指先を唇に銜えてチュッと舐めた。そうポテトチップスの塩でも舐めるように。
無意識なのか?それとも、わざと?
「次はしちゃ駄目だよ。はい、美味しい?甘い?」
「ん、うん。酸っぱい?まあ甘いかな。旨い」
「そ?じゃあ食ーべよ」
「なんだよ、それ」
キミが 横で微笑む。それとも、ふと触れた身体の所為か……。
今、ボクは、キミの食べている蜜柑になりたい。

なんてことを思い浮かべながら、原稿に書き止めるボクが居る。
蜜柑色の蜜柑。
ただそれだけなのに……。


     ― 了 ―
作品名:蜜柑 作家名:甜茶