人事はつらいよ
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「次の方、どうぞ」
秋山裕二はれっきとした人間だが、三分そこらの時間で、彼が手に持つ書類に張られている写真の男の価値を見極めなければならない。男はドアを開けて部屋に入り、一礼をした後に緊張気味の面持ちで秋山と対面する位置にある椅子に腰を下ろした。
「はじめまして、えーとお名前は、サトウ・・・」
「ふりがなの欄にも書いてあるかと思うのですが、牧場(ぼくじょう)と書いてファームと読みます」
「・・・ファームさんですね、失礼いたしました。私は採用担当の秋山と申します。それでは、星川商事の新卒学生採用の一次面接を行わせていただきます。お時間は一人三分となっていますので、よろしくお願いいたします」
秋山はテーブルの上の置時計にちらっと目を通し、視線を佐藤牧場(ファーム)に向け直した。
「えーとまず・・・、こちら、ファームというのは本名なのでしょうか、なかなかに珍しいお名前ですね」
佐藤はまたか、という想いをなるべく表情に出さないように気をつけながら、何度言ったか分からないセリフを発する。
「本名で間違いありません。私の両親は牧場を経営しておりまして、そのまま佐藤牧場(ぼくじょう)という名前が付いています。私が生まれる際に、この牧場のように壮大に育ってほしいという想いから、父と母は「牧場(まきば)」という名前を私に付けようと思っていたそうです。しかし、もともとの牧場の経営者であった父の父の父、つまりひいおじいちゃんが亡くなる間際に残した『これからの時代は海外の人にも理解してもらう名前が必要である。牧場と書いてファームと読ませるように』という遺書のもと、私の名前が決まったという経緯があります」
佐藤のテンポの良い説明に、秋山はこの質問に対して今まで何度も佐藤が答えていることに気づいた。
「そうでしたか。佐藤さんは、これまで、どのような会社を何社くらい受けられてきましたか?」
「大学三年生の十月から就職活動を始め、この五か月で七十社ほど受けました。現在は都市開発の研究をしていますので、それを活かせるような建設業・商社・営業など職種は問わずに受けています」
「その中で、ご縁のあった企業・・・まあつまり内定のような形のことですが、そういった企業さんは?」
「ありません」
佐藤の肩が少し落ちたかのように見えた。秋山は、穏やかな口調を心掛け口を開いた。
「そうですか・・・、佐藤さん、せっかくファームという御立派な名前を付けていただいたのですから、親御さんのいらっしゃる牧場を継いでみようという想いはないのですか?」
「佐藤牧場は私の兄夫婦が既に継いでいます」
「お兄様がいらっしゃるのですね。・・・ちなみに、お兄様のお名前は?」
「佐藤太郎です」
秋山は椅子からずっこけ落ちないように自分の身体を支えた。佐藤の表情に焦りの色が灯り始める。
「そうですか・・・、お兄様が牧場を継いでいらっしゃるのですね。おや、そろそろお時間ですね。最後に佐藤さんの方から弊社にご質問などがありましたらお受けいたしますが。」
「いつもそうだ」
「?」
佐藤の顔はみるみる紅潮し、秋山に真顔で向き合い、語気を荒くしてまくしたてた。
「私はこれまでの就職活動で、一次面接を通過したことがありません。大抵の会社は書類選考で落ちてしまします。星川商事さんのように、面接に呼ばれることもたまにはありますが、大体の会社の最初の面接は三~五分くらいしかない。このヘンテコな名前をつっ込まれ、そこから話が拡がっていくうちに時間が来て終了してしまう」
佐藤の話は続く。
「私の名前がファームであることは御社に関わるのでしょうか?この面接で、私の御社に対する想いは伝えきることができましたか?都市開発に対する想い・研究内容は分かっていただけましたでしょうか?もし私が普通の名前だったら、もっと色々なこと聞いていただけたんじゃないでしょうか?」
秋山は面喰ってしまい、少しの間沈黙が続いた。秋山が次の言葉を見つけ口を開く前に、佐藤は鞄とコートを手に取り、席を立ちあがった。
「申し訳ありませんでした。あまりに自分の言いたいことが言えなかったために、取り乱してしまいました。気にしないでください。失礼します」
怒りと恥ずかしさが折り混じった様子で佐藤は頭を下げ、早々と部屋を出て行った。