小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
大文藝帝國
大文藝帝國
novelistID. 42759
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

嫉妬SS 流人(クロスウォーク)

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「流人君、朝ごはんは?」
「ポッキー」
「駄目だよ、食べなきゃ」
 不思議なほど鮮やかに黄色のレモンティーを飲みながら彼女が言った。飲み終わるとそのまま立ち上がり、台所に立つ。
「別にいいよ、休みだし。嬉久も一緒にポッキー食べようよ」
 スティック状のチョコ菓子を数本まとめて手に持ちつつ彼女の背中に話しかけると、
「でも卵の賞味期限明日までだし、丁度良いし」
 と首だけをこちらに向けて彼女は言った。手はフライパンを取り出そうとしている。
「嬉久はいいお嫁さんになれるね」
「ありがとう」
 流石に一年半近くも似たようなことを繰り返していると照れ屋で恥ずかしがりの彼女も動揺した様子一つ見せない。ニコリともせずそう言うと首を戻して冷蔵庫から卵を二つ取り出した。普通なら初々しい彼女がいなくなってしまったことを残念に思う場面なのだろうけど、逆に俺に慣れている事実がそこに見える気がして勝利の気分を味わう。

 一年半前、彼女と晴れて付き合い始めて途中宿敵の相手(姉)との面会という試練をこなし、適度に喧嘩を演出してみたりやたらと彼女を連れ回したり。極めつけに嬉久を丸め込んで同じ学部に進学。地方組の俺たちは半ば当たり前のように一人暮らしを始め、親から散々「遊び過ぎないように」との注意を受けていながらも夏休みを利用して長期宿泊という名の同棲生活。適度にバイトをして生活費もほどほどに稼いでいるとはいえ、家賃を払わせている親には申し訳なく思う。出世払いということにしてもらおう。
 以上ここまでのあらすじ。順風満帆、俺の描いた「帯矢嬉久の幸せな人生」は滞りなく進んでいる。俺の人生とか、幸せとかはわりとどうでもいい。彼女の幸せが俺の幸せ。何故なら俺は誰かのために生きるべく生まれてきた人間だからである。流人の「流」は「流される」の「流」。十九年間変わらないこの性格はきっともうどうしようもないんだろうなあと何かにつけて思う。
 そう、彼女の横断歩道恐怖症が治らないのと同じように。
「……あ。そうだそうだ昨日パン買ったんだ」
 何気なく、といった調子で嬉久が言った。隅の方に置かれていたビニールの袋から六枚切りの食パンを取り出した。慣れた手つきで留め具を外して包みをあける。
「買ったって……どこで?」
 彼女はいつも大切なことをなんでもない会話に混ぜようとする。「何か」を悟られるのが嫌なのだろう、と思う。無意識と意図的の丁度真ん中でそれをやっている彼女を可愛いとは思いつつもそのまま流してあげることは残念ながらできない。彼女は今嘘をついているからだ。
 嬉久は俺の助けなしに横断歩道を歩くことができない。一年半前は夜だけだったその病気は徐々に悪化して、今となっては二十四時間俺なしであのストライプの道を歩くことは不可能に近い。
 その事実もまた勝利の感情と優越を感じさせる。
 彼女は今度は顔も背けたまま俺の質問に答えた。
「学校から帰ってくるときに、コンビニで」
「ふぅん」
 どうやら嬉久は嘘を突き通すらしい。「片薙流人」という、例えるなら杖や眼鏡のようなモノがなければ嬉久は本当にどこにも行けない。だから俺と嬉久はいつでもどこでも一緒。お陰様で近所のスーパーでは仲良しラブラブカップルというなんとも時代錯誤な代名詞をいただいている。そう思ってもらうように仕向けているのだけれど。
 彼女の隣にいることが何より優先で彼女のことを助けるのが目下俺の全てで、全ての行動の理由。例えば喧嘩をすることも、ドロドロに甘やかしてみることも、時にはこうやって追求することも。

「じゃあ、誰と?」
 至って普通の調子で、そう聞いた。そう聞いた筈なのに、何故か「誰と?」の部分にアクセントが置かれていることに気付く。
 これは、今この台詞はそう言うつもりではなかったのに?
「……一人で」
 一拍だけ間を置いて、それでもいつものような淡々とした声で彼女は答えた。
 嘘だ、嘘だ。彼女は嘘をついている。何のために?
 ……何かを隠すために?
「うっそだー」
 今度は「いつもの」声を出すことに成功する。あくまでも穏やかに、それか楽しげに。それが彼女の望んでいる片薙流人だ。
「嘘じゃないもの」
「だって昨日も一緒に帰ってきたじゃん。ていうことは一回学校出て、コンビニ行ってそれからまた帰ってきたんでしょ?嬉久、どうやってあそこまで行ったの?あそこ、絶対に信号渡んなきゃ行けないよ?」
 自分の言葉が何故かいつもよりテンポが速い。あれ?と頭の中で首を傾げる。何かがおかしい。
 何故、こんなにも怒っているような気持ちを感じているんだろう?片薙流人は、彼女が知っている俺はこんな風には怒らないのに。いつも穏やかで優しい、どろどろに溶けた飴のような奴の筈なのに。
 感情のセーブが効かないんだ、と気付く。
 恐ろしい?違う、いや、恐ろしい、彼女が俺なしで出歩いているという事実が。彼女が俺なしでも生きている、こんな当たり前の事実が。
 でも違う、恐ろしいだけじゃない。これは、これは何だ?
「……渡らなくても行ける道、見つけたの」
「嘘。嬉久そんな嘘ついてまでどっか行きたかったわけ?……ああ違うか、そうじゃないね、隠したいのはどこじゃなくて、誰となのかな」
 尖っていてしかも硬い自分の声を聞いて驚く。こんな声を彼女に向かって出せる自分が存在していることがびっくりだ。そして自分の意志に反して紡いでいく言葉に一人納得する。そうだ、彼女がどこに行ったかが問題じゃない、「誰と」が問題なのだ。
 そうだ。だって。
「流人、く」
 彼女が今度こそ体ごと振り向く。「違うの」と言いたげに唇が震え、けれど吐息が漏れるだけ。怯えたような目に何かを刺激されて、決定的なことを言い放つ。
「ねえ嬉久、そんな嘘ついてまで俺に隠したいの?誰かとどっか行ったこと」
 だって俺は彼女に、怒りにも似た嫉妬を感じている。
 自分でも信じられないくらいドロドロとした、暗いものの存在に今更気付く。
「嬉久、俺以外の誰かとでも大丈夫なんだね、そしたらもう俺いらない?」
「そんなこと、そんなことないよ」
「また嘘」
「……嘘じゃない」
「別に、いいよ。嬉久に友達が増えるの、嬉しいし」
 本当は真逆だ。俺は彼女を囲ってしまいたいのに。
 知っている。知っている。俺は自分にだって嘘をついていた。本当は穏やかではないことも、彼女に依存を求めているのは自分だということも。全部知っていてそれを隠している。
「違うの、流人、そうじゃなくて、ごめん、あのね、嘘なの」
「いいよ、別に……あ、そしたら俺帰った方がいいのかな」
「違うの!流人、帰んないで、あのね、パン、買ったの、嘘なの」
「……は?」
 申し訳なささ半分、さっきからの怯え半分の目で彼女がこちらを見つめる。嘘?
「あ、えっと買ったのは嘘じゃないんだけど……えっと、だからね、このパンは、あの、普通に一昨日君と買い出しに行ったときに買ったやつで……覚えてなかった?」
「……え」
 ほらこれ、と隅にあったビニール袋を掲げて見せる。よく見知ったオレンジのロゴが印刷されたものをやや呆然としながら見つめる。