天国まで
死が美しいものでなかったら、きっと過去の偉人も自殺など遂げなかっただろう。苦悩の末の選択かもしれないけれど、少なからずそこには死への憧れがあったはずだ。僕は偉人でもなんでもない、ただの一般人だけれど、死に魅了されたひとりだ。
このまま両手を離して、膝の力を抜いたらどうなるのだろう。
「おい、そろそろ座れ」再び彼が怒鳴った。
うん、と頷きつつ、僕は川と街と、そしてすぐそこにある死に魅入っている。こんなに魅力的なものって、きっと他にない。きらめく川は僕を誘っているようで、自殺願望を加速させた。
ゆっくりと、空を振り仰ぐ。どこまでも高く突き抜ける青空。飛行機と、その後ろをついて回る飛行機雲。
「早く座れってば」声が焦っている。「どうしたんだ?」
誰も、僕の暴走を止められる人などいなかった。後ろのトラックの運転手は、立ったままの僕を不審げに見ている。あの人には、この美しさと快感がわからないだろう。
これは、最高の死に方。ずっと僕が探していたもの。
どこまでもきれいだ。
高速に乗っているのでアクセルを緩められないバイクは、そのままの速度で走り続ける。彼の表情は見えない。僕の思惑に、気がついていないのかもしれない。
さよなら。
後ろを振り向けない彼にそう囁く。聞こえたかどうかはわからない。マフラーの音がかなりうるさかったから。
僕はゆっくりと両手を離し、膝の力を抜いた。