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三月うさぎ
三月うさぎ
novelistID. 43061
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天国まで

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 真夏の青空の下、休日のサービスエリアは混雑していた。家族連れが圧倒的に多く、ひと家族分の幸せを乗せたファミリーカーが駐車場いっぱいに停まっていた。子どもたちがアイスクリームを片手に走り回る。父親は運転に疲れた様子でシートにもたれている。僕には縁のない光景だ。
 走っているうちは涼しかったのに、エンジンを停めた途端に一気に全身から汗が吹き出してきた。フルフェイスのヘルメットの内側は蒸れ、Tシャツの後ろは汗で張り付いている。タンデムしていた僕がこんな風になっているのだから、運転していた彼は僕以上の汗の量だろう。走っているときでさえ、エンジンの熱風が吹き上がってくるのだから。バイクの運転は、車の運転の比ではないくらいに体力を使う。それなのにどうして彼がバイクを好むのか、僕には理解できなかった。マゾなのだろうか。

「適当に休んだら行こうぜ」ヘルメットを脱ぎながら彼は言った。
「何か食べられるかな?」少しの空腹気味。
「なんでもあるけど、スナック系にしとけ。この暑さだし、ラーメンとか食べるとあとで気持ち悪くなるかもしれないから」

 ヘルメットを抱えて自動ドアを抜けた先、サービスエリアの中は冷房が効いていて涼しかった。汗をかいた体にはむしろ寒いと思ったくらいだ。目の前を小さな子どもが駆け抜け、一瞬息を呑む。僕のことなんて最初から視界になかったかのように、少年はお土産コーナーへ走っていった。母親の足に絡みつき、にこにこにしている。
 僕がテーブルに腰掛けてぼうっとしている間、彼はてきぱきとフランクフルトを注文して、僕の座るテーブルまで持ってきてくれた。麦茶も同じトレイの上に載っている。ぬかりのない奴だ。僕がお礼を言うと、彼はおう、と一言返した。お礼を言われると、照れ隠しにぶっきらぼうになってしまう性格なのだ。
 家族連れで賑わうサービスエリアの中で、男二人でフランクフルトを喰らう姿は少し異様に見えたかもしれないけれど、あまり気にならなかった。数人でツーリングに行く人もいる。タンデムは、めったにないかもしれないけれど。

「最近、どう?」フランクフルトを頬張りながら、彼が訊いた。
「どうって?」
「また、くだらんことを考えてるんじゃないかと思って」

 図星の発言に、僕は苦笑した。彼の言うとおりだ。僕は下らないことしか考えない。夢見るように毎日を過ごし、決して達成することのできない憧れを抱きながら生きている。所詮それは憧れで、実行する勇気なんてない。
 それを見抜いて、気分転換にと外へ連れ出してくれたのが彼だ。大型バイクの免許を持つ彼は、しょっちゅうどこかへ遠出する。僕は、以前にもときどき誘われていたけれど、大体断っていた。気が乗らなかったし、バイクに興味もなかったから。
 今日だって、無理やり連れて来られたようなものだ。乗り気ではなかったのだけれど、ごり押しに負けて、気がついたらグローブをはめてヘルメットをかぶっていた。そのまま高速に乗り、今に至る。ここは目的地までの休憩地点だ。

「考えてないよ」僕は微笑む。「そういうのは、やめにした」
「それならいいんだよ」満足げに彼は頷く。「まぁ、何を考えてるのか、詳しいことなんか知らないけどな」

 自殺の方法を考えているなんて、口が裂けても言えなかった。こんな風に死んだらきれいだな、なんて、毎日考えている僕は、きっとどこかがおかしい。それを知ったら、彼は僕を強制的に心療内科へ通わせるだろう。心療内科に通うのは気にならないけれど、彼に僕の思考を読み取られるのが嫌だったんだ。ただの引きこもりだと思っていてほしい。
 フランクフルトを半分くらい食べ終わり、ふと外を見る。駐車場を歩いている誰もが、幸せそうな顔をしていた。陰気な顔をしているのは、きっと僕くらいだ。あんな風に幸せそうな顔をしていられたら、と思うけれど、無理な話だ。僕はもう、幸せではない何かに魅了されてしまっている。
 先にフランクフルトを食べ終えた彼は、外で一服してくると言って席を立った。ひとりでもそもそとフランクフルトを食べながら、麦茶で流し込む。ひとりになると、どうにも落ち着かない。
 トレイを返して、外の灰皿が置いてあるところまで歩いた。暴力的に照りつける太陽は影を一層色濃くし、僕の後ろを付きまとう。影は死に似ていた。いつまでもどこまでもついてくる。僕はそれが、まったく怖くないんだ。
 行こう、と言われて僕は顔を上げた。彼はヘルメットをかぶって、すでにグローブをはめている。せっかちな彼らしい、短い休憩だった。僕はフランクフルトを食べただけで休憩した気にはならなかったけれど、運転するのは僕じゃない。彼が休憩した気になれたなら、それで良いんだ。
 バイクを軽々と起こしてスタンドを上げ、シートに跨った彼は僕に乗れのジェスチャーをした。ヘルメットのストラップをしっかりと締めてから、タンデム・ステップに足をかける。そのままゆっくりとシートに跨り、シートのベルトを掴んだ。
 低いマフラーの音を響かせながら、バイクは加速する。尻に伝わってくるエンジンの震え。飛ばしても僕は怖がらないのを、彼は知っているのだろう。本線合流のときには、かなりのスピードになっていた。バイクは、他の車と近づかないのが一番良いという。自然と、アクセルを開けざるを得ないのだ。
 走行車線に移ってからもスピードメーターは右へ振れたまま。汗でべとついていた背中がどんどん冷える。死んでいく人間は、こんな感覚なんだろうか。徐々に、自分の体が冷たくなっていく。
 周りの車を次々と追い越していくのは快感だった。僕だけが、特別な存在になった気分。運転している彼も、調子が良さそうだ。リズムが取れている。
 突然、視界の左側に川が広がった。壁の向こうに生い茂っていた木々を抜けたらしい。川は太陽の光できらめき、眩しいくらいに反射している。少し後ろには僕と彼が住んでいる街。工場の煙突から出た煙が空高く上っていく。最高の景色だった。

「立ってみ」彼がハンドルを握ったまま怒鳴った。
「いいの?」
「俺の肩に掴まって、シートをニーグリップ」

 シートのベルトを掴んでいた両手を彼の両肩に乗せ、両膝でシートを強く挟み立ち上がった。もろに風を受けるけれど、それもまた気持ちが良い。
 見上げれば真夏の空。入道雲が浮かんでいた。一羽の大きな鳥が上空を旋回している。振り返れば街があり、下はきらめく川。
 僕の中に押さえようのない衝動が湧き上がったのはそのときだった。今まで憧れだったものが、手に届きそうになる。実行するつもりなどなかった妄想が、ストッパーが外れたように流れ出す。
 どうして死に惹かれるのか、それはたぶん昔のロックスターや文豪たちが若くして自殺を遂げたからだろう。この国では、生きているうちは見向きもされないのに、その人が死んだ途端にスポットライトを当て始める。スポットライトを当てたところで、その人間はもうこの世界に存在していないのに。
作品名:天国まで 作家名:三月うさぎ