ディレイ
帰りの電車の中で、何の気なしにスマートフォンを手に取ると、荘太からメールが来ていた。
『智子さん、月が綺麗ですね』
窓から空を覗いてみる。けれど月は確認できなかった。
『見えない。なにもかも見えなくなっちゃった』
弱々しく送信のボタンをタップする。すぐに返信が来た。
『なにかありました? 大丈夫ですか? 心配です』
バンドがあるから荘太のことを考えないようにしてきた。けれど、バンドがなくなったからといって、じゃあ考えよう、というわけにもいかないようだ。
『なんとかする。落ち着いたら話すよ』
これでよし。荘太は黙ってその時を待ってくれるだろう。気持ちの整理がついていない今、彼に話すことは、彼を困らせるだけだ。スマートフォンを鞄に戻そうとしたその時、手に振動が伝わってきた。一回、二回、三回……、電話だ。
電車のドアが開くと、智子は足早に電車を降りた。すぐさま電話を、そして取った。
電車が発車する。
『もしもし? 智子さん? 今どこですか?』
真剣味を帯びた荘太の声。智子は空を見上げた。てっきり満月が出ているのかと思ったら、三日月だった。どういうことなのよ。智子は呆れたような声音で答えた。
「久我山」