ユーフォリア
ふう、と一息入れて顔を上げる。そこには彼の姿があった。
彼は私が退社してくる時間をよくよく知っている。
私が会社から出てくると丁度そこに"居る"ようになっているのだ。
待った?等と問うのは野暮だろう。彼は気が利く。
だから聞いても今来たかのように振る舞うのが私にも分かっているから。
12月の初め、本格的な冬の訪れを感じさせる厳しい寒さの中、
薄く積もった雪を割って街を進む。時は既に0時を回ろうとしていた。
疎らな人混みの中、街には様々なイルミネーションが踊り、
一種の空寂しさを感じさせて居た。
何時もの様に月極の駐車場まで歩き、車に乗り込む。
埃臭いカーエアコンを作動させ、一時の暖を得ることにする。
すっかり温くなってしまった缶珈琲を開缶、一気に胃に流し込む。
合成甘味料の後味の悪さが舌を刺すが、気にせずエンジンを吹かせる。
道に薄く氷が張っている、気を付けてと警鐘を鳴らす彼の声を尻目に
都市高まで車を乗せると、眼下に広がる光の色彩にほう、と溜息が漏れる。
俗世の喧騒もここまでは届かないらしい。
エンジンが唸る音を除いて一切の静寂が広がっていた。
ウィンドウを開くと、刺すような凛とした外気の冷たさと共に、
光が、様々な角度で、様々な顔を見せながら飛び込んでくる。
綺麗だね。ああ、実に綺麗だ。そんな当たり前のやり取り。
悦楽とは実に短く、永遠には続かない。
光の織り成す舞踏に名残惜しさを感じながら、ウインカーに手を伸ばす。
高度が下がるに連れてまた、あの喧騒が戻ってくる。
ふとウィンドウを開け放したままだったことを思い出し、寒さに身を震わせる。
そんな様子を見かねたのか、彼が私の手を握る。
魔法でも使ったのか、と思うくらい急に体が温まるのを感じた。
本当に彼は不思議な人だ。
夜の帳を引き裂いて、自宅のガレージへと車を停める。
氷のように冷たい鍵を回し、冷えきった室内にいそいそと潜り込む。
外気の冷たさにやられたのか、かじかむ手でマッチを擦り
ストーブに近づいた所で灯油を切らしていたことを思い出した。
今日はもう遅い。この時間に買いに行くのも億劫だ。
彼の方に目をやると、呑気にもソファーで丸くなっていた。
若干呆れながらも、冷蔵庫から用意しておいた食事を温める。
いつの間にか私の正面で座っていた彼は、
黙々と口へ箸を運ぶ私を眺めて目を細めていた。
面白い?私が首を傾けると彼は首を縦に振る。
…時折、私は怖くなる。今度は彼が首を傾けた。
少なくとも僕の主観では、僕は君を愛している。
君がそれを疑ってしまうと僕にはそれを証明する術は無い。
僕を信じる限り、僕は君を愛し続けられるよ。
私の方へと歩み寄り、そう彼は言った。
どうやら考えていた事は彼には全てお見通しらしい。
肌に感じる彼の暖かさ。私の体に掛かる重圧。
これがリアルなんだな。と実感する。
手早く食事を片付けてしまうと、早めに横になることにした。
肌の暖かさを感じながら、私は眠りの世界へと落ちた。
側に誰かが居る、その喜びを噛み締めて。
彼は私が退社してくる時間をよくよく知っている。
私が会社から出てくると丁度そこに"居る"ようになっているのだ。
待った?等と問うのは野暮だろう。彼は気が利く。
だから聞いても今来たかのように振る舞うのが私にも分かっているから。
12月の初め、本格的な冬の訪れを感じさせる厳しい寒さの中、
薄く積もった雪を割って街を進む。時は既に0時を回ろうとしていた。
疎らな人混みの中、街には様々なイルミネーションが踊り、
一種の空寂しさを感じさせて居た。
何時もの様に月極の駐車場まで歩き、車に乗り込む。
埃臭いカーエアコンを作動させ、一時の暖を得ることにする。
すっかり温くなってしまった缶珈琲を開缶、一気に胃に流し込む。
合成甘味料の後味の悪さが舌を刺すが、気にせずエンジンを吹かせる。
道に薄く氷が張っている、気を付けてと警鐘を鳴らす彼の声を尻目に
都市高まで車を乗せると、眼下に広がる光の色彩にほう、と溜息が漏れる。
俗世の喧騒もここまでは届かないらしい。
エンジンが唸る音を除いて一切の静寂が広がっていた。
ウィンドウを開くと、刺すような凛とした外気の冷たさと共に、
光が、様々な角度で、様々な顔を見せながら飛び込んでくる。
綺麗だね。ああ、実に綺麗だ。そんな当たり前のやり取り。
悦楽とは実に短く、永遠には続かない。
光の織り成す舞踏に名残惜しさを感じながら、ウインカーに手を伸ばす。
高度が下がるに連れてまた、あの喧騒が戻ってくる。
ふとウィンドウを開け放したままだったことを思い出し、寒さに身を震わせる。
そんな様子を見かねたのか、彼が私の手を握る。
魔法でも使ったのか、と思うくらい急に体が温まるのを感じた。
本当に彼は不思議な人だ。
夜の帳を引き裂いて、自宅のガレージへと車を停める。
氷のように冷たい鍵を回し、冷えきった室内にいそいそと潜り込む。
外気の冷たさにやられたのか、かじかむ手でマッチを擦り
ストーブに近づいた所で灯油を切らしていたことを思い出した。
今日はもう遅い。この時間に買いに行くのも億劫だ。
彼の方に目をやると、呑気にもソファーで丸くなっていた。
若干呆れながらも、冷蔵庫から用意しておいた食事を温める。
いつの間にか私の正面で座っていた彼は、
黙々と口へ箸を運ぶ私を眺めて目を細めていた。
面白い?私が首を傾けると彼は首を縦に振る。
…時折、私は怖くなる。今度は彼が首を傾けた。
少なくとも僕の主観では、僕は君を愛している。
君がそれを疑ってしまうと僕にはそれを証明する術は無い。
僕を信じる限り、僕は君を愛し続けられるよ。
私の方へと歩み寄り、そう彼は言った。
どうやら考えていた事は彼には全てお見通しらしい。
肌に感じる彼の暖かさ。私の体に掛かる重圧。
これがリアルなんだな。と実感する。
手早く食事を片付けてしまうと、早めに横になることにした。
肌の暖かさを感じながら、私は眠りの世界へと落ちた。
側に誰かが居る、その喜びを噛み締めて。
作品名:ユーフォリア 作家名:Etheldreda