校正ちゃん、再び
——校正ちゃん2
校正ちゃんは、僕の頭の中に住み着いていて、コトあるごとに姿を現す——。
今朝も、朝食を摂りながら新聞を読んでいたら、いつの間にか、手のひらサイズの校正ちゃんが僕の左手の上に浮かんでいた。つまり、今読んでいる新聞には、必ずどこかに何らかの訂正箇所があるということなんだけど、毎日のことなので、いつもなら登場とともにけたたましく鳴り響かせるビープ音を、新聞を読む間だけはミュートしてもらっていた。両目の替わりについてるバッテン印のランプも、ついでにオフ。まぁ、どうせ、後で新聞社のサイトへ間違いを指摘するためのメールを送らされるんだけどね。
校正ちゃんによると、新聞というのは、最近ことさらに間違いの多くなっている印刷物なのだそうだ。
日刊だから、他の出版物などに比べて校正をかける時間的な余裕がないというのが、その理由のひとつだし、記事の作成には入力変換ソフトに校正機能がついたものを使用するのが主流で、そうすれば文章の間違いは殆ど無くせるものの、段組みや見出しの割り付けなど、編集作業に伴うミスを防ぐことはできないから、結局、最後は人の目で校正をかけるしかないんだけれども、最近は、専門に校正を担当する人員の数がリストラの為に削られていってるらしいから、必然的に見逃しが発生してしまい、その結果として間違いが増加してるんだそうな。
「キミさぁ、この間、あたしから逃げようとしたでしょ?」
校正ちゃんは、僕よりも少し年下の女性、といった感じの声と口調で話す。今日の校正ちゃんは、デフォルトの、白いウサギのぬいぐるみに似た姿だ。服装は、地毛と同じ色のシャツとブルージーンズに赤のスニーカー。この間は、バニーガールスタイルで現れたけど、普段は、こういうラフな格好でいることが多い。まぁ、ここは僕の自宅で、今日は休日ということもあるから、校正ちゃんだってリラックスしてるのかもね。
「……いや、そういうわけでもなかったんだけど」
「じゃ、あの時どうして訂正指示も出さないで、自分の席に戻っちゃったのよ」
「だってさ、やっぱり、女の子を泣かすのは、気分良くないよ」
「別に泣かす必要はないわよ。要は、間違いを正せばいいだけなんだから……」
校正ちゃんは、いつもこの調子だ。自分は派手に騒いで間違いを指摘するだけで、実際に文章を作成した人に指示を伝えて訂正させるのは、全て僕の “使命” なんだよね。それに、 “逃げた” というのは、心外ではあるけれど、あながち間違った指摘でもないところが、すごく忌々しい。
3日前のこと。会社で健康診断のお知らせを見ていたら、 “受診” を “受信” と書き間違えていた箇所があって、それを見つけた校正ちゃんが「直せ、直せ」と喧しく騒ぎ立てた。
お知らせを作ったのは総務課の女の子だったんだけど、彼女とは、今までにも同じようなことが何回かあって気まずい間柄だったから、また揉めるのがイヤだった僕は、校正ちゃんを頭の中へ戻してしまうために、訂正箇所がある書類そのものから距離をとった。
校正ちゃんは、僕の脳の機能に干渉して、その姿を現したり警報を鳴らしたりしているだけなので、僕の視界から外れてしまったものには力を及ぼすことが出来ない。そのことを十分にわかった上での行動だったから、校正ちゃんに「逃げた」と言われても仕方がないところではある。
でも、そのあとすぐ、自分の机の上に置いてあった(誰の仕業だよ!)健康診断のお知らせを再び目にしてしまった僕は、頭の中で鳴り響く、けたたましい警告音に急かされ、操られるように、総務課の女の子のところへ “殴り込み” に行くハメになった。
結局のところ、泣き出してしまった彼女を宥めすかして例の文書を呼び出してもらい、キッチリ訂正させる結果になったのだから、せっかくなけなしの勇気を振り絞って校正ちゃんに逆らったカイもなかったことになる。この程度のささやかな意志すら貫くことが出来ないというのは、我ながら何とも情けない限りだ。
校正ちゃんは、僕の頭の中に住み着いていて、コトあるごとに姿を現す——。
今朝も、朝食を摂りながら新聞を読んでいたら、いつの間にか、手のひらサイズの校正ちゃんが僕の左手の上に浮かんでいた。つまり、今読んでいる新聞には、必ずどこかに何らかの訂正箇所があるということなんだけど、毎日のことなので、いつもなら登場とともにけたたましく鳴り響かせるビープ音を、新聞を読む間だけはミュートしてもらっていた。両目の替わりについてるバッテン印のランプも、ついでにオフ。まぁ、どうせ、後で新聞社のサイトへ間違いを指摘するためのメールを送らされるんだけどね。
校正ちゃんによると、新聞というのは、最近ことさらに間違いの多くなっている印刷物なのだそうだ。
日刊だから、他の出版物などに比べて校正をかける時間的な余裕がないというのが、その理由のひとつだし、記事の作成には入力変換ソフトに校正機能がついたものを使用するのが主流で、そうすれば文章の間違いは殆ど無くせるものの、段組みや見出しの割り付けなど、編集作業に伴うミスを防ぐことはできないから、結局、最後は人の目で校正をかけるしかないんだけれども、最近は、専門に校正を担当する人員の数がリストラの為に削られていってるらしいから、必然的に見逃しが発生してしまい、その結果として間違いが増加してるんだそうな。
「キミさぁ、この間、あたしから逃げようとしたでしょ?」
校正ちゃんは、僕よりも少し年下の女性、といった感じの声と口調で話す。今日の校正ちゃんは、デフォルトの、白いウサギのぬいぐるみに似た姿だ。服装は、地毛と同じ色のシャツとブルージーンズに赤のスニーカー。この間は、バニーガールスタイルで現れたけど、普段は、こういうラフな格好でいることが多い。まぁ、ここは僕の自宅で、今日は休日ということもあるから、校正ちゃんだってリラックスしてるのかもね。
「……いや、そういうわけでもなかったんだけど」
「じゃ、あの時どうして訂正指示も出さないで、自分の席に戻っちゃったのよ」
「だってさ、やっぱり、女の子を泣かすのは、気分良くないよ」
「別に泣かす必要はないわよ。要は、間違いを正せばいいだけなんだから……」
校正ちゃんは、いつもこの調子だ。自分は派手に騒いで間違いを指摘するだけで、実際に文章を作成した人に指示を伝えて訂正させるのは、全て僕の “使命” なんだよね。それに、 “逃げた” というのは、心外ではあるけれど、あながち間違った指摘でもないところが、すごく忌々しい。
3日前のこと。会社で健康診断のお知らせを見ていたら、 “受診” を “受信” と書き間違えていた箇所があって、それを見つけた校正ちゃんが「直せ、直せ」と喧しく騒ぎ立てた。
お知らせを作ったのは総務課の女の子だったんだけど、彼女とは、今までにも同じようなことが何回かあって気まずい間柄だったから、また揉めるのがイヤだった僕は、校正ちゃんを頭の中へ戻してしまうために、訂正箇所がある書類そのものから距離をとった。
校正ちゃんは、僕の脳の機能に干渉して、その姿を現したり警報を鳴らしたりしているだけなので、僕の視界から外れてしまったものには力を及ぼすことが出来ない。そのことを十分にわかった上での行動だったから、校正ちゃんに「逃げた」と言われても仕方がないところではある。
でも、そのあとすぐ、自分の机の上に置いてあった(誰の仕業だよ!)健康診断のお知らせを再び目にしてしまった僕は、頭の中で鳴り響く、けたたましい警告音に急かされ、操られるように、総務課の女の子のところへ “殴り込み” に行くハメになった。
結局のところ、泣き出してしまった彼女を宥めすかして例の文書を呼び出してもらい、キッチリ訂正させる結果になったのだから、せっかくなけなしの勇気を振り絞って校正ちゃんに逆らったカイもなかったことになる。この程度のささやかな意志すら貫くことが出来ないというのは、我ながら何とも情けない限りだ。