小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

古着抄

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

 言い切ってから、店長が眉を顰める。
「……思うけど、なんか、影が走ったのよねぇ」
「泥棒!?」
「いやぁ……」
 歯切れの悪い返事に、あきちゃんがじっとりと視線を当てたが、すぐに、乱れた着物の一枚一枚を直し始めた。

 隙間の空いた引き出しを一度大きく引き出して中を確認してから、ぴたりと収めていく。
「そういえば、店長。これ、何ですか?」
 飛び出た袖を戻し、たとう紙を重ね直しながら、あきちゃんが隅の古道具を視線で指した。
「なんだろね」
「店長も知らないんですか?」
「あたしが来たときは、すでにあったのよ」
「うちは、古着専門なんですよねぇ?」
 のんびりした口調で、言外に邪魔だと思いをのせる。
「まあね。それ、糸繰車だからねえ。着物に関係しないこともないけど」
 風呂敷を結び直そうとしていた店長が手を留める。
「そういえば、あきちゃん、浴衣探してなかった? これなんか、どう?」
 重なるたとう紙をずらして、ぺらりと端っこをめくって見せた。
「かわいいですね! 折角、着物屋でバイトできたんだから、浴衣一着ほしいなって思ってたんです」
 ばさ。っと、何かが物音を立てた。
「なんか、落ちた?」
「大丈夫みたいですよ」
 ざっと見まわして異常がないのを確認して、二人は、手元に意識を戻した。
「でも、浴衣じゃなくても、カジュアルな単衣の小紋が一着あれば、浴衣にも……」
 ごと。っと、今度は、明らかに何かがぶつかったような物音がした。
 二人が顔を見合わせる。
「ね……ねずみ? ですか、ね?」
 恐る恐る、音のしたほうに顔を向ける。
「だって、何かが隠れるスキなんてないよ?」
「ですよね。だって、こんな狭い部屋だし……」
 しばし、口をつぐんで、緊張感の張りつめた倉庫の中の気配を探る。こつんと、つま先に当たるものを感じて、あきちゃんが視線を落とす。
「あ! 店長、これ、何の箱ですかね?」
 細い桐箱は、真田紐の収まっていたものだ。
「ああ、これが落ちたのね」
「みたいですねー」
 緊張の糸が、一気に緩んだ。ぴんぽんと、客の訪れを告げるベルが鳴る。
「ああ、お客さんだ。ここ、頼んだわ」
「え? あ、はい」
 出ていく店長の後姿を見送り、あきちゃんがそっと、浴衣の入ったたとう紙を引き出してよけると、風呂敷を結び直し、重ね直した。
「さっき、片づけたばっかりなのに……」
 ぼそりと声に出してふっと鼻息も荒く気合を入れ直して、乱れた着物に手を伸ばした。
 部屋の隅で、からりと糸繰車が回ったことには、気づかなかった。

          (了 2016.3.2)
作品名:古着抄 作家名:紅絹