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小山ユイタ
小山ユイタ
novelistID. 42945
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アルハンブラガルデ Ⅰ 深緑の少年

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◆ 2 ◆


ゴアゴア、ゴアゴア、下品な笑い声に似た鳥獣の鳴き声がカゼンの鼓膜をわずかに震わせた。ほんの少しの間を置いてすぐさまカゼンは目を開き、光の洪水に飲み込まれ気を失った瞬間をぼんやり思い出しながら、とっさに辺りに視線だけ配った。
白む空の下に隙間を持って立つ樹木が並ぶ。信じたくはないが、すでに夜が明けているらしい。遠いような記憶のふちには底知れぬ池が一帯に広がっていたはずだが、今は背中を濡らす湿り気さえ感じられない。記憶の中では植物の群生が巨大な体幹を作り空の色も見えないほどの葉で頭上を覆っていた。しかしその姿も見あたらない。見慣れた尋常一様の森が広がっているだけだった。

肉体にも異常がないと一通りの安全を瞬く間に確かめると、意識が消える瞬間、自分に手を差し伸べ微笑んでいた豊かな髪の少女が脳裏に浮かんだ。たしかに居たはずの人間、声の輪郭をたぐろうと顎を左下に傾けた時、腹部の違和感に気付いた。

カゼンがすぐさま上体を持ち上げると、自分の体に倒れ込む人間がそこにいた。

うつぶせに倒れるその人は何も身に付けていなく、ぞっとするほど青白い体躯を投げ出していた。カゼンは追憶との違和感を覚えながら、とっさに相手の肩を掴もうとした。

しかし、まるでそこには何もないかのように、手は空をすり抜けた。相手はぴくりとも動かない。

カゼンは息をのみ、自分の手のひらを確認した。そしてもう一度、今度はしっかりと意識を集中させて手を伸ばし、肩に触れた。常人なら気付かないほどのタイムラグの後、手のひらに肌の感触が伝わり、すぐさま片方の手で相手を抱きとめた。

しなだれかかるように顔をもたげたその人は、年若い少年だった。

ランピリデ(※1)の光を映したような金髪が柔らかな鼻梁や頬にかかり、隙間から白いまつ毛が見え隠れしていた。色のない唇をわずかに開けて心もとない呼吸をしている。街で多く見る栄養が足りない子供達と同じようにどこも痛々しいほど華奢だが、その幼子たちよりは成長しているようで、14、5歳の背格好をしている。この国でこの年齢なら例外なく男は軍事訓練を受けるので、こんな少女のような少年をカゼンは見たことがなかったのだ。

追憶との違和感・・・自分が光の中で見たのは、この少年ではない。よく似てはいるが、たしかに髪の長い少女だった。カゼンは少年を抱きとめたまま、体が動かせずにいた。謎の声、暗い池、植物の群生、光の少女。一夜にしてあり得ないもの全てが現れ、そして消え、このか細い少年がそれが夢幻ではなかったという証のように懐に置かれていた。はじまりは亡き祖父の手がかりを掴みたい一心の行動だったのに、すでに自分の処理速度が及ばない現実が次々押し寄せてくる。

カゼンはあらためて少年を見た。これは、おそらく、美しいというのだろう。失われた極北の国では、こんな肌の色の樹木が雪の中に荘厳と並んでいて、人々はその皮を丁寧に剥ぎ、しみ出る樹液を精霊の雫と崇めて胃腸病や関節炎の妙薬として使っていたという。剥きだしの体で樹海の冷たい夜を越し、今も静かに寝息をたてて生きている様子を見ても言い得て妙じゃないか。掴みどころのなかった現象といい、これは樹海のあやかしが朝に見せる白昼夢ではないか、そんなことを考えているうちに、少年のまぶたが痙攣するように小刻みに動いた。カゼンは我に返り、少し乱暴に自分の着ているローブを少年の胸元まで引いた。

この少年が目を覚ましたら、今度は何が起きるのだろうか。まずは、そう、第一に、人間かどうかだけは確かめたい。人間なら有無を言わさず温めてやる必要がある。
だけど、もしそうじゃなかったとしても、不思議とこの少年を突き飛ばそうという気にカゼンはなれないでいた。


つづく

(※1 蛍の意。)