法定寿命~双つの世界~【前編】
「いや、いや。党こそ乱暴な仕組みですよ。国民の自由で平等な政治参加を邪魔してる。例えば私が立候補するとします。しかし既存の政党には私が同調できる思想を持った党がない。じゃぁまずは高い供託金(きょうたくきん)から用意しなきゃいけない。でも党から立候補すれば政党助成金という名の下に税金で全額か一部か知らないけど賄(まかな)われる。こりゃ不公平ですよ。党の方針にウン、ウンって頷(うなず)いてりゃお金がもらえる。そして気が付けば自分の意思を貫こうとしない軽い政治家が蔓延(はびこ)っている。こんなことあっていいはずが無い!」
「まぁ、確かに政治家が軽くなっているかも知れない…」
「それに加えてですよ、党には支持組織っていうやっかいな存在がある。選挙で選ばれたわけでもない人達の意見が政府に大きい影響を与えてる。確かに彼らの間に金品の授受があるわけじゃない。でも自分たちの利益を互いに享受(きょうじゅ)する関係だ。見返りにいわゆる集票マシンになるっていう、これは金品の授受と同レベル、あってはならない事ですよ!」
…私がこの日、大勢の敵を作ったことは確かだ。目立とうという意図があった訳じゃない。しかし結果、私は完全に浮いた存在になってしまっていた。
「非国民!天皇を否定する非国民は出ていけ!」
「人殺し〜!」
「労働者の雇用を守れ〜!」
(疲れた…)
私はミュージシャンとして認められる前までボロアパートに住んでいた。そしてその後収入は上がり、一括で高級マンションが買えた。しかしその幸運も束の間。もうこのマンションから出ていかざるを得ない。エントランス前には私の発言で右翼から左翼までもが集まりシュプレヒコールを上げている。周りの住人の視線も気になる。私はここ数日、外出もできない。眠れない…
「こんなことなら売れるんじゃなかった…」
郵便物がたくさん届く。大抵カッターの刃入りだとかそんな類のもの。どうして住所がバレるんだろう?やはりネット上に個人情報が流れたのだろうか?うつろな目をした私の前に、ふと錠剤がたくさん入っている薬瓶があるのに気付く。睡眠薬だろうか?ラベルは無い。もはや正常な判断力をなくした私には、とりあえずそれを飲み干せば全ての苦しみから解放される気がした。後のことはどうでもいい。眠れれば、それでいい。眠れさえすれば…
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『チュン、チュン』
…朝日が眩(まぶ)しい。やはりあの薬は睡眠薬だったのか。おかげでよく眠れた。昨夜まではうるさかった怒声もいい加減終わったようだ…しかし、しかし待てよ、何か違和感が…
「あれ、ここって…」
私はなぜか以前住んでいたボロのアパートにいる。
(…そうか、喧騒(けんそう)から逃れるために無意識の内にマンションから脱出し、元のアパートに戻ったんだな。ボロでも引き払わなくてよかった。)
私は初心を忘れぬようアパートは解約せずにいた。私にはやはり質素な生活が合うようだ。今から思えばあの高級マンションにいるときはあまり居心地がよくなかったように思う。清々(すがすが)しい気分になった私は街へ出てみた。私の素顔はバレてなんてない。ビクビクしなくたって良い。
駅で雑誌や新聞を買って読んだ。私のことには何にも触れられていないようだ。考えてみれば高々一部の過激な集団が騒いでただけだ。私の発言くらいで社会全体が大騒ぎするはずも無い。完全なる取り越し苦労だ。
近くで選挙の候補者が何やら訴えている。彼の話を聞いている人はいない。空(むな)しい声が空にこだまする。私が売れなかった頃、同じように歌声が誰の耳に届くでもなく、やはり空(むな)しく響いていた。彼と自分とを重ね合わせ郷愁(きょうしゅう)に浸っていると、私の元に候補者のスタッフが来て応援お願いします、と言う。
「彼はどこの党?」
スタッフの彼女は怪訝(けげん)な表情を浮かべる。
「どこの党でもありませんけど…」
「無所属か。そう、私は政党政治は廃止したほうが良いと思ってるんだ。だから無所属なら頑張って。応援するよ。」
明らかに変な目で私を見ている。
「あの、とっくに政党制は廃止されてますけど…」
「えっ?」
私は自らの耳を疑った。いや、いや、そんなはずは無い。政党制が廃止されたなんて大ニュースは聞いたこと無いし、そもそもそんな簡単に廃止できるわけが無い…いや、待てよ…もしかすると、いや、もしそれが本当だとすると…あぁ、どうやら私はとんでもなく長い年月眠っていたようだ。五年、いや十年?どうしよう、私は一体どれだけの年月を無駄にしてしまったのか。目の前のスタッフは私を非常識人だと思ったのだろう、にわかに私から離れていった。急いで手元の新聞の日にちを確かめる。
(…いや、一晩しか寝ていない。)
もはや私の頭は完全に混乱している。とりあえず私はマンションへ向かう。が、道中、鍵が無いことに気付く。続いて知人に連絡を取ろうと携帯のアドレス帳を見るが全て綺麗(きれい)に消えている。
(もしや…)
財布の中の銀行のカードが明らかに少ない。ペイオフ発動に備えてたくさんの銀行に口座を作ったのだが…
私はインターネットカフェへ入り、まず自分のバンドの、バンドと言っても独りバンドだが、そのバンド名でネット検索した。少ない、明らかに少ない、検索結果が。売れてない頃と全く同じ。
…愕然(がくぜん)とした。錯乱(さくらん)状態だ。モニターを前にただ固まっている。しかし三十分も経つともう一人の自分が肩を叩き、「お前は既に分かっているはずだ。」と耳元で囁(ささや)く。もう疑いの余地は無い。私は無名だ、元の売れないミュージシャンだ。そして社会は以前とは明らかに別の制度だ。これは…そう、パラレルワールドだ。私は別世界へと陥(おちい)ったのだ。しかも最悪の別世界だ。私は以前の貧乏のままだ。私は、私の置かれた現実を受け入れ難(がた)くもネットで更にこの世界のことを調べてみた。
政治の世界では政党制は廃止され、一院制になり、そして大統領制に移行していた。それだけでも十分驚きに値するが、私を更に驚かせたのは…
(…法定寿命が…定められている!?)
ナント人生の定年制が導入されている。…よく考えてみれば、冷静に考えてみれば…そうだ、ここは私の理想の世界だ。確かに私は無名だ。しかし希望はある。また自分の曲を売り込めばきっと売れるだろう、何せ既に元の世界で売れた実績がある…
レジに行き、精算する。渡されたレシートを見ると消費税が上がっている。私は恥ずかしさを押しこらえて店員に聞いてみた。
「あの、消費税って5%だったんじゃ?」
「ベーシックインカムの導入で税率が上がりましたが…」
あぁ、ベーシックインカムが導入されているのか。これならとりあえず苦しいながらもなんとか生活はできそうだ。さて、状況はある程度呑(の)み込めた。あらためて人生のやり直しだ。
作品名:法定寿命~双つの世界~【前編】 作家名:鷲尾悟司