法定寿命~双つの世界~【前編】
あれはたまたま見ていたテレビの音楽番組が発端だった。アマチュアミュージシャン向けに自作曲の動画投稿の募集をしていた。一般の人に広く自分の曲を聴いてもらえる機会はほとんどない現状では良いチャンスなので投稿してみたいと思った。しかし、自分には動画編集の知識も経験も無い。後から考えれば特別な編集などしなくても良かったのだが、当時は既に素人でも素晴らしい動画作品をネットに公開している状況だったので、つまらない動画では人々の興味を惹(ひ)けないと考えてしまったのだ。
どうしようかと数日間悩んでしまったが、そんな事でひるんでいてはどうしようもない。私は常日頃思うのだが、大人と子供の違いというのは、何か問題に直面した時にそれを乗り越えようとチャレンジするのが大人で、簡単に投げ出してしまうのが子供なのではないか、と…さぁ、何とかしてみよう。とりあえず自分のライブの映像があったのだが、何せワンカメラの固定映像なのでそのままだと退屈な画になってしまう。仕方ないので映像編集ソフトのエフェクトを多用し、苦し紛れにもなんとか形にして完成させた。ド素人丸出しの動画ではあったが重要なのは画より音のほうだと自分に言い聞かせ投稿した。
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…静寂に包まれた暗闇に一筋の光が、なぜかその速度は遅いがとても重厚な光。それはやがて怒涛(どとう)に押し寄せ真っ黒な私の体、なにより心を綺麗(きれい)に浄化してゆく。他者に対する憎しみ、妬(ねた)みなど、私を覆い尽くしていた全ての負の感情が真っ白に漂白されたのだろうか。気付くと私はこれまで夢にも見たことのない素晴らしき人生のステージへと駆け上がっていた。あれだけ否定され続けた自分の音楽が人々の心を捉(とら)え、そして浸透していく。まさにこれまでの苦労が嘘のようだ。一般的な形式にとらわれない自由な曲作りのスタイルが評判を呼び、次第に私の名は世間に広まっていった。遂に、遂に私の音楽が認められたのだ!
それまでとは状況が一変した。ライブはどこへ行っても盛況だった。当然、これまでの対バンではなく、ワンマンライブ。客は私を目当てに来場し、私の作品に耳を傾ける。名の知れたミュージシャンならば当たり前なことであろうが、私には毎日が夢のようだ。これは、まぁ、一時的なバブルなのかも知れない。分かってはいるが、何とも形容し難い甘いむず痒(かゆ)さがある。無理もない、少し前までは見向きもされなかった自分が、である。
「そうだ、きっと以前までの客は宇宙人だったのだろう、私の音楽の価値も分からない。そうだ、きっとそうに違いない。」
急激な観客の反応の変化を説明するには強引な理由付けが必要だった、少なくとも私自身を納得させるためには。
私は私の周りで起きた急激な変化に戸惑いながらも、遂に夢を掴(つか)んだ高揚感(こうようかん)に浸(ひた)っていた。街に出て、ふと気付くと店から自分の曲が流れている。私はその辺を歩いている人をつかまえ、
「これ、俺の曲。ねぇ、どう?どう思う、この曲?」
片っ端から質問してみたい衝動に駆られる。勿論(もちろん)、そんな行動を実際にする訳ではないのだが自重(じちょう)するのがやっとだ。もっと多くの人に聞いてもらいたい、もっと多くの人を惹き付けたい。これは既に金持ちなのに、もっともっと金持ちになりたい、と願うのと同じなのであろうか?人間の欲はとどまることを知らない。その欲の先には…果たして何があるのだろうか?
売れ出すと私の中に新たな疑問が湧いてきた。それはランキングだ。なぜ世間は順位を付けたがるのか?同じ曲、同じCDを何枚も買う熱狂的なファンがいるというのに、単に売り上げ数で決まる順位付けに何の意味があるのだろうか?そもそも音楽は競うものでは無いはずだ。優劣なんて決める必要は全く無い。聞く人がイイ、と判断すればその人にとってイイ曲なのだ。他人がどう思おうと関係ない。ランキングなんてミュージシャンの所得の申告額が妥当かどうかの税務署の判断材料にしかならないだろう。困ったものだ…
私はどこのレコード会社とも契約をしていなかった。そのことは私にとってとても幸運だった。通常、曲の原盤権はレコード会社等が持っており、印税の大半を持って行かれることになる。そう、昔はそれが当たり前だった。しかしインターネットが普及し、アマチュアでもネットで曲を配信できるようになると、必ずしも中間業者としてのレコード会社が必要ではなくなりつつあった。そしてそれは私に大きな利益をもたらすことを意味する。
貧乏人が急に金持ちになるということは、もともと裕福な家に生まれた純粋な金持ちとは訳が違う。お金の使い方が全く分からないのだ。いや、別に必ず使わなくてはならないというものでもないのだが、なぜか「使わないといけないのではないか?」という強迫観念にも似た思いを抱いてしまう。確かにお金の価値は時代により変わってしまうので、「価値のあるうちに使っちゃえ。」も、ある意味正論かもしれない。
しかしどう使えばいいのか?私は出来るだけ贅沢(ぜいたく)なことをしようとあれこれ思案してみた。世界一周豪華クルーズ、最高級ホテルの最高級ディナーをたらふく食す…、マナー知らずの元貧乏人には堅苦しいだけか。さてどうしよう?
「!」
はたと思いついた私はあるお店に電話し、予約した。
「今夜〇〇さんの予約、出来ますか?」
やはりこれである。男子究極の幸せ、高級ソープ。私は出迎えの黒塗り高級車に乗り込み高揚感(こうようかん)に浸(ひた)った。高級車の車内で私の身を包む擦(す)れたジーンズはさぞ違和感を醸(かも)し出しているであろう。しかしそれもまた一味違った贅沢(ぜいたく)と言えるのではないか。車は一路、私の贅沢(ぜいたく)を実現する場所へと向かった。
「いらっしゃいませ。」
艶(つや)のある声が脳内に心地よく響く。その女は気品があり、何より経験から来るであろう落ち着いた所作(しょさ)が高級感を漂わせている。なんて美しい…
「…お店は初めて?」
自分では努めて冷静に振舞っているつもりだが、やはり場馴れしていないのが女には手に取るように分かるのであろう。しかし私は贅沢(ぜいたく)をしに来たのである。贅沢(ぜいたく)をするのだから出来るだけ自分を大きく見せることが大切である。
「いや、しょっちゅう来てるよ。アソコにタコが出来るくらい…」
女は私のことを知らないようだ。まぁ、音楽活動している時はサングラスしているし、売れたと云えども全国隅々まで知られている訳じゃない。昔と比べて様々なジャンルの娯楽が生まれた分、自分の興味の無いジャンルの有名人には疎(うと)いのが昨今の常識だ。
軽い雑談の後、女は私のズボンを静かに下そうとする。が、そこで「待った!」である。私の贅沢(ぜいたく)タイムの開始である。
「今日は疲れているから話だけにしよう。」
作品名:法定寿命~双つの世界~【前編】 作家名:鷲尾悟司