法定寿命~双つの世界~【前編】
第五章 クライシス
後年、地球規模の寒冷化が大きな問題となってきた。長期にわたる太陽活動の低下によって地球の平均気温は徐々に下がり続けている。積極的に大気中の二酸化炭素濃度を上げて温室効果を高めよう、との声もあがったが、いつまで続くとも分からない太陽の活動低下。再び活動が活発になると、とんでもない温暖化を招く恐れがあるため却下された。
思えばメタンハイドレート、オイルサンド、シェールガス・オイル等、新エネルギー革命と呼ばれ、今後優(ゆう)に百年、二百年以上は大丈夫と言われたエネルギー資源であったが、地球の寒冷化により事態は急変した。地球規模の気温低下は食物の不作を招き、食料価格は高騰。温度管理された施設内での栽培が今後不可避となる見通しの地域が増え、エネルギー需要は増大している。一方、農地を奪い合う紛争は各地で勃発(ぼっぱつ)し、世界は混乱しつつある。
この状況下でエネルギー資源輸出国は禁輸を検討し始めている。実際に実施されれば輸入に頼る国は大混乱するであろう。再び産業革命以前ののどかな、しかし不便な生活を人々は受け入れることができるであろうか。生活レベルを下げることはたやすい事ではない。一度甘い汁を吸えば止められなくなるのと同じで、それはいわば麻薬のようなものだ。
エネルギー資源の枯渇(こかつ)という大問題だが、特に石油資源の枯渇(こかつ)は他の資源枯渇(こかつ)よりずっと重要な意味を持つ。
近代文明の急速な発達は石油の存在を無くして語れない。単なる安価な、そして効率の良いエネルギーとしてだけでなく、様々な工業製品や薬、その用途は数えればキリがない。これら石油の恩恵を受け、人類はその文明を豊かなものにしてきた。しかし遂に、分かりきっていたことではあるが、改めてその恩恵が永遠ではないことを人類は思い知らされることとなった。
そしてエネルギー資源に乏しいこの国ではエネルギーの効率的な利用が最大の焦点になった。エネルギーの自由な利用を妨げられることを嫌う産業界を中心に、一旦(いったん)は見送った核融合発電の本格的な開発の再開を求める動きも見られたが、実現性や安全性を疑問視する世論に押し返された。ただし、いずれ人類が地球を捨て、広大な宇宙に脱出する際にはどうしても長期に亘(わた)り必要な動力源としての原子力が必要だろう、ということで研究自体は続けられている。しかし宇宙に出て行くと言っても、そこはあまりにも広大な空間だ。地球と同じような環境の惑星が運良く見つかったとしても、そこまで辿(たど)り着くには途方も無い年月を経ねばならないだろう。更にはその惑星には既に別の知的生命体が存在している可能性だってある。彼らは我々と同じような問題を抱え、我々を喜んで迎え入れてはくれないだろう。十分な重力を得られず、新天地探しに失敗した人類は奇妙な姿に進化した後、海の藻屑(もくず)ならぬ、宇宙の星屑(ほしくず)と消えるのだろうか?もしくは宇宙環境には不適な生身の肉体を脱ぎ捨て、鋼鉄製のボディをまとい、脳の情報をチップに収めた機械化人間に人工進化し、その繁栄を続けるのであろうか?
国を挙げての議論の末、新エネルギー開発への模索を続ける一方で、エネルギー使用量を最小化する方法として人々の住居を全国数か所の大都市に強制的に移し、集約化する策が採(と)られた。社会インフラの効率化を狙ったものだ。勿論(もちろん)、個人の土地の所有権などというものは無効となり、全ての土地は国の管理下に置かれ、基本的に一般市民や事業者は土地をレンタルする形になった。考えてみればそれまでの固定資産に関する制度は奇妙だった。個人(または法人)所有の土地にも関わらず、固定資産税という形でお金を徴収されるのだ。自分のモノであり、借りているわけでもないのに、なぜかお金を払っている。結局のところ、それまでも土地は事実上、公的機関に属するものだったと考えても違和感は無い。
そもそも土地の所有権を認めるには無理があった。なぜなら地質学観点に立てば、土地がそのままの形で永遠にとどまることは困難であるからだ。つまり地殻変動、気候変動により、ある土地は海の底へ沈むかもしれないし、そもそも人類が地球を捨てざるを得ないのは地球に寿命があるからだ。いずれ土地所有権は放棄せざるを得ない。だったらそんな権利を認める必要はない、というのがもっともらしい理由だ。まぁそういった事態が起きる前に人類は地球の支配者の座を追われ、滅亡しているかもしれないが…
このエネルギー効率化の中でIT技術は実に良く活躍した。人間が活動する時、必ずエネルギーを必要とする。このエネルギー消費をいかに減らすか、この点でIT技術は大変役立った。そしてこの分野は非常に発達した、いや、必要以上に発達してしまったのかもしれない。
気が付けば人間の活躍の場はほとんどコンピュータに奪われ、というのもあらゆる分野で無人化が進んだ結果であり、そして雇用の機会は大きく減った。
このような事態の中でこの社会は大きな危機を迎えることになる。失業者が急速に増え、ただエネルギーの消費をするしか能の無いこれらの人々は社会にとって足手まといとなった。あまりの急激な変化に、それに見合う社会システムを確立できずにいたのだ。
人々はコンピュータを投げ捨て、いっそ数世紀前の自給自足の生活に戻るべきであろうか?しかしこれまで進歩を続けてきた人類が自ら進歩を止めることなど出来るであろうか?一度味わった便利さを手放すことは容易でない。そんな経験はいまだかつて無かったことだ。
そんな混沌(こんとん)とする時代の中、遂に私は法定寿命を迎える。
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〜未来を予測するのは大抵の場合、困難である。しかし予測可能な事も中にはある。分かりきっている将来の問題に何ら解決策を用意できないのはその社会の怠慢(たいまん)である。そして多少の無理はあろうとも、問題を解決するためには物事は大胆(だいたん)に推し進めなければならない〜
トロッコ列車の中の私はだんだん意識が遠のいていく。果たして自分の理想だったこの社会はこの先どうなるのか?しかしそれを知る由(よし)もない。私は「法定寿命」というルールの下に、もうじきこの世からいなくなるのだから…
作品名:法定寿命~双つの世界~【前編】 作家名:鷲尾悟司