イカ×スルメ
ストライカー
「で、今日僕は君に呼び出された訳?」
真剣な目つきで僕を睨むが、所詮ソフトイカ。面白いイカだね、ほんと。
僕がくすくすと笑うと、ソフトイカが僕の前につかつか歩いてきた。
「何で…あんなことしたんだ…!」
「僕も聞きたいんだけど、ね、何でそんな怒ってるの?」
その問いにひるんだソフトイカの間抜け面。おもしろいな、おもしろい、けど、つまんない。
「だって、そうじゃん?何でスルメのことなのに君が怒るわけ?意味わかんなくない?」
「あいつは…スルメじゃねえ、アタリメだ!」
「気休めだね。スルメはスルメ、縁起のいい名前をつけたところで、彼の本質は変わらない。むしろその名前に個室することこそ、深みに陥る原因じゃないの?ね、そこらへん、頭の良いソフトイカくんはどう思うの?ね?聞かせてよ」
「っ…!アタリメが、」
「スルメが?そう呼ばれたくないって言ったの?違うよね?彼、基本的に主張しない子だから、そんなこと言わない。だとしたら、これは、そう、あくまで憶測だけどね?君たちのお節介なんじゃない?余計なお世話。どう、違うかな?」
「てめえ…!」
逆上したのソフトイカが白い顔を真っ赤にして僕の軟骨を掴む。野蛮なイカだな。これだから、加工食品は嫌なんだ。暴力的でさ、頭が悪い。
「それから、今君がしようとしていることも、お節介。僕達はこの関係を楽しんでるんだから、邪魔しないでよ」
「楽しむ!はっ、テメーのワタは腐ってんじゃねえのか!あいつ、ずっと戻らないつもりでいたんだ!あのまま、腐りたがってた!」
「彼が望むならそうすればいいじゃない。これもお節介。で、何で君がいちいち僕に突っかかるのかあくまで僕なりに考えたんだけど、君って彼のこと好きでしょ。だから、僕が邪魔なんだ。彼が好きな僕が、当たってる?」
「っ…だったら!何だよ!」
「エゴじゃん?」
僕は剣先イカじゃないけど、冷たい言葉で射止めることができる。
僕を真っ直ぐに睨みつけるソフトイカの唇が震えたのを見て、笑いが止まらない。
「あははは!いやだよねえ、愛を押し付けてさあ。確かめもしてない癖に。ふふ、でもねえ、スルメは君のこと、友人だって言ってたよ。大事なね。そんな大事な友人に不順な気持ちで接されたスルメがカワイソー。スルメは友人である君のために、喜んで吸盤を差し出したのにね?」
「なん…だと…!てめえ、俺をダシに使いやがったのか!」
「あはは、ソフトイカからダシなんて出る訳ないじゃないか」
「この、クソガキ!」
「僕に敵うと思ってるの?やっぱり、頭悪いんだね」
僕をとうとう締め付けにかかった彼の手をぐっと持ち上げた。力じゃ勝てないけど、僕にはたくさんの足と吸盤がある。僕は簡単に彼を抑え付けて、そのまま海辺にずるずると引っ張った。
「馬鹿だね、君。せっかくスルメが身を挺して君を庇ったのに、君はそれを簡単に投げ出した。ねえ、ここから落としたら君は誰の餌になるかな?でも添加物いっぱいの加工食品、魚は食べちゃくれないだろう。でも、海の底できっとプランクトンが食べてくれる。よかったね、そんな君でも誰かの役に立つかもしれないんだからね?」
「…殺したいなら、殺せよ…!」
「決定権は最初から僕にあるんだから、そんなこと言われるのは心外だなあ」
「ただし、スルメはもう開放しろよ…!」
その必死の言葉に僕は笑う。本当にこのイカって面白い。
「ね、自分の死にそれだけの価値があるって思えるって凄いことだよね?」
「くっ…ぐああ!」
思いっきり締めると彼が苦しげな声を出す。
僕の手を必死に掴んで離そうとする。けれど、そんな柔らかい手で何が出来るっていうの?ぐいぐいと締め付けて、苦しげに歪む彼の顔を望んだ。でも、こういうのはやっぱり、スルメがいいな。スルメの方がもっと切ない顔をする。
「やめ…ろ…」
「あらぁ、今更命乞いするんだ?かっこわるーい」
「ち、げえ…お前の、ために…言って、んだ…!」
「僕のため?君のお得意のお節介かい?」
「お前はっ…スルメイカだ…!」
「…なに?」
はあ?何、間の抜けたこと言ってんだろうこの人。ついに頭おかしくなっちゃったんだ?
しかし、彼は続ける。
「お前…自分の容姿が他のアオリイカと微妙に違ぇって…思ったことねえか?あるだろ…?お前はスルメイカとアオリイカのハーフなんだよ…!もっとも、てめえの親父がそのことを隠すように圧力をかけて…一部の、イカしか知らねえ…!俺もたまたま知った、知ったから、縄に掛けられたんだ…!」
「あは…嘘でしょ」
確かに僕はアオリイカだ。でも少し他人と色が違ったりして…それがスルメイカに少し似ていると波の噂で聞いて…だからこそ、僕はスルメイカが嫌いなのに!劣等階級の癖に、上流階級の…党首の息子である僕に似ているのが!違う、違う、そんなの…
「嘘だ!そんなに命乞いがしたかったら素直にそう言えばいいんだよッ!あは、何かっこつけたから踏ん切りがつかないわけ?」
「こんなときに嘘なんかつくか…バカイカ!っ、アタリメだって、そのせいで、仲間に縄にかけられたんだぞっ…!」
「は…意味分かんない」
思わず、手の力が緩んだ。それと同時に、ソフトイカが喋りだす。叫ぶように、捻りだすように、何か溜まっていた黒いものを、吐き出すように…。
「…お前がチビの時の話だ!当時はスルメイカがアオリイカの護衛をしてたんだ。アオリイカたちが危ない海域に出た。その中にお前もいたと聞く!覚えてるだろ!怖い思いをしたんじゃないか!?それを党首の部下達がスルメイカに知らせて護衛と安全海域への誘導を命じたが…誰も、行かなかった。なぜか!?テメーの親父がスルメイカを圧迫してたんだよ!スルメイカに子供を孕ませた癖にな!イヤガラセをたくさん受けた!だから、誰もいかなかった!ストライキを起こそうとしてた!」
嘘だ、嘘だ…嘘だ。
頭の中で繰り返した。でもソフトイカの声がダイレクトに肝に響く。やめろ、やめろ、やめろ。光景がフラッシュバックする。そうだ、そう、こんなの僕は…覚えてないよ!やめろ!
「けどアタリメが行ったんだ!みんな止めたんだ!行くなって!やめろって!でもアタリメは行った!お前を助けに!そして、無事にお前らを救ったアタリメがつかまった!網にかかった!たった、一匹だけ!それなのに、お前が生きて…帰って、しかも、スルメイカの血も通い…アタリメは、こんなこと知らねえ。知ってもあいつは、お前を憎めない。仲間も恨めない。誰も…」
「嘘吐くなよ!そんなの、嘘だ!」
「嘘じゃ、ぐっ…あああ!」
僕は緩めていた手を再び強く締めて彼を締め上げて、空高く放る。白い身が、飛ぶ。とんだ。青い空を飛んで…青い海に落ちた。水の音なんてしない。ただ、白い体は、青に飲まれた。
「はあ…はあ、は…嘘、吐くからだろ…」
息切れが止まらない。噴出した汗が、止まらない。だらだらと流れる。記憶がよみがえる。幼い頃の記憶が…僕がスルメイカだって…?そんな、馬鹿な…。いいや、いいや、あいつの嘘に…決まってるんだ…違う、違う…
「違うッ…!」
悲鳴のような、掠れた叫び声も、青い海の音に消えた。