朝日に落ちる箒星
30.矢部君枝
「退学だってよ、あいつ」
塁の椅子をゆらゆらさせながら「うん」と頷く。
「あれだけの事をしておいて、退学だけで済むんだね。死ねばいいのに」
自分の口から出てきた凶暴な言葉に少し戸惑うが、これが本心なのだろう。何の関係も無い拓美ちゃんの背中に、一生ものの傷が出来た。夏の合宿で水着を着ていたあの背中は、傷一つなく美しかった。
拓美ちゃんは三日ほど入院したけれど、元気に退院した。お見舞いに行った時に改めて謝ったけれど「だから君枝ちゃんのせいじゃないから」と言って謝罪を受け入れてくれる感じではなかった。
「俺のせいだから、君枝は自分を責めるな」
静かな声で言う智樹に、冬の控えめな太陽があたっている。いつでも日向にいる彼と、日陰にいる私。左腕につけたブレスレットに触れながら、プラスとマイナスは何も生み出さないのかもしれないと、ふと思う。
「君枝、変な事考えてないよな」
椅子の動きを止める。全てを見透かされている様で、心臓がどくどくと音を鳴らす。
「俺と君枝が別れるような事があったら、それこそ星野の思うつぼだ。それに塁に合わせる顔が無い」
椅子の主の事を考える。「仲良くやれよ」私と智樹の幸せを願ってくれていた、塁。それは言葉にしなくてもこちらに伝わってきた。あの日見た流れ星が飛んで行った、そのまた向こうで、塁は私と智樹の事を想ってくれているだろうか。私や智樹が塁の事を想っているのと同じように。
私は塁の椅子からぴょんと飛び降りて、智樹の隣に椅子を組んで座った。
「実習は、誰とやってるの?」
「今のところ一人。手が足りない時は技官さんが手伝ってくれるし、何とかなってる」
そうか、と言って彼の右手をとった。
「ねぇ、右手にブレスレットしてると、作業する時に邪魔じゃない?」
「作業する度に目に入るから、いいんだよ。こっちの方が」
また、そうか、と同じように返す。
傍にあった智樹の鞄から、おもむろに彼はメモ帳を取り出すと、初めのページをめくって見せた。そこには智樹の少し乱雑な文字が並んでいた。
「二十歳になったら智樹ともっと仲良くなる。君枝」
私が幸せになれるように。智樹が流れ星に願った事だ。そんな事、流れ星に願わなくたって、私は十分幸せなのに。それでも智樹があの星に願いを掛けたんだから、私はもっともっと幸せにならなくちゃいけない。
私があの星に願いを掛けたんだから、智樹と塁はもっともっと幸せにならなくちゃいけない。
二人の幸せは私の幸せ。智樹の幸せは私と塁の幸せ。塁の幸せは私と智樹の幸せ。
結局は三角形のまま、何も変わっていないのだけれど、いさかいの無い三角関係なんて、素敵じゃないか。
三人が三人の幸せを願う。プラスが三つで生み出されるものって何だろう。
とんでもなく大きな幸せが、私達を待っているかも知れない。