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朝日に落ちる箒星

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17.矢部君枝




 遅れて食堂に行くと、ちょうど至君と拓美ちゃんは食事を終えて食堂を出る所だった。
「まだ智樹が来てないから、これから来るかもしれないけど、大丈夫?」
 至君が拓美ちゃんに聞こえない程度の声で、私に話しかけてきた。
「大丈夫。うん」
 それだけ言って、定食の列に並んだ。

 いつもとは別の、窓際に席を取って、一人で定食を食べた。沢山の学生が外のベンチや噴水のへりに腰掛けて、談笑しているのが見える。私たちのサークルも、傍から見たらあんな感じだったのかな、とふと思い、それが過去形なのが少し切なかった。
「君枝」
 背後から低い声が掛かった。智樹だった。
「ここ、座って良い?」
 私が声を発する前にすでに椅子を引いて、目の前に座った。私は目線を合わせられなくて、コロッケをじっと見つめたまま、周辺視野に入るおかずを口に放り込んでいった。
「話、したいんだ。明日の帰り、家に寄ってくれない?」
 下を向いたまま、私は返事もせずに食事を続けた。話をしたくなかった。いや、話ができないだろうと思った。話をしたら崩れてしまいそうで、智樹に対する拭えない猜疑心をぶつけて結局は二人の間には何も残らなくて、別れを予期してしまって、私は彼と話がしたくないと思った。しなければならないのは重々承知だったが。
 ふいに、遠くから甲高い声で「ひさのくーん」と女の声がした。星野さんだ。
「あ、この人も一緒なんだ。ねぇ久野君、隣座ってもいい?」
 言いながら彼女もすでに座っているのが視野に入った。とんでもない女だ。智樹は黙ったままでいると思いきや、低い小さな声で何か言った。
「へ?」
 彼女は聞き逃したらしく、これまた甲高い声で訊き直す。「聴こえなかった」
「来るな、って言ったんだよ。俺はこいつと飯食ってんだよ。邪魔すんな」
 怒りの感情をこれ程剥き出しにしたのは、いつ振りだろう。部室で塁の胸倉を掴んだ事があった。あれ以来だ。言葉の一つ一つに怒気を孕んでいる。
「へぇ、抱くだけ抱いておいて、冷たいんだね。セックスした事も無い彼女とは、」
「どっか行けって言ってんだよ!」
 智樹の怒鳴り声に食堂の喧騒が一瞬にして消し去られ、食堂のおばさんは窓口から顔を出している。ひそひそ声が聞こえたと思うとまた喧噪が戻ってくる。
 星野さんはお盆を手に、その場を離れた。顔は見なかった。見る必要もない。彼女は私には何の関係も無い女だから。
 ふと智樹の手元に目を遣ると、今日も麺類を食べている。何も変わらない。何も変えたくない。誰にも変えさせたくないし、変えさせない。
「明日、講義が終わったら行くよ。私五限まで実習だから」
 パスタを絡める手が止まった。大げさなぐらいに智樹は息を吸った。
「ありがとう」
 吐き出した息の全てがその言葉に乗っかって、私に届いた。
 二人は無言のまま、食事を続け、食べるのが早い智樹は、食べ終わっても席を立たず、私が食べ終わるのを待った。先に行ってしまえばいいのに、それも言えなかった。
 私が食事を終えて立ち上がると、彼も立ち上がり、食器の返却口へと歩いた。それから私は講義棟へ向かおうと足を向けた瞬間「君枝」と呼びかけられた。私は振り向かず、立ち止まった。
「明日、待ってるから。絶対来てくれよ」
 後ろ向きでもきちんと分かるように、大げさに頷いて、私は講義棟へと入って行った。暫く背中に視線を感じながら。
作品名:朝日に落ちる箒星 作家名:はち