上海lovers
藤沢 ……終わった、な。
柳 ……。
田代 終わりましたね。
安永 しかしこれが新しい始まりでありまして。
田代 堀田の記念すべき脚本家デビューだったわけだし!
堀田 いや俺次書くつもりないけど!
安永 なんだよ堀田ぁ! 楽しくなかったのかよ脚本。
堀田 楽しいよ楽しかったけど。
安永 じゃあいいじゃんまた書けよ!
堀田 面倒くさいんだよあれすごく気力と体力使うんだぞ。
藤沢 そうだな。でもよく書ききったな。
田代 才能あるんじゃない?
堀田 ないって。
安永 謙遜するなよ、お客さんの反応良かったじゃん。初脚本でこの好感触だよ?
堀田 お前が言うと胡散臭すぎて逆に不安。
田代 書きなって次回作!
藤沢 なに、そんなに寿々は俺の脚本嫌いか?
田代 嫌いじゃないけど、ほら、新しい風的な?
安永 気力も体力も心配するなって!
田代 気力体力時の運ってね!
藤沢 なにか違うと思う。
安永 一姫二太郎三茄子的な?
田代 それはちがうでしょ安永頭大丈夫? 働いてる? また留年しちゃうよ?
藤沢 永遠の1年生安永光太郎。
堀田 そしたら俺のが先輩?
安永 それだけは絶対に嫌だ。
田代 でもあたしたちより2年長く演劇できるわけだ?
安永 そおかー! なるほど。
堀田 おい、まさか。
安永 じゃあまた留年してもいいかなぁ。
堀田 言うと思った。あんた、正真正銘の馬鹿だな。
安永 演劇馬鹿とは
堀田 言わねぇよ! ただのバカだ。
田代 堀田は間違ってない。ね! 美鈴。美鈴?
柳 え? あ、うん、そうね。
堀田 柳さん。
柳 なに? 堀田君。
堀田 前、柳さん言いましたよね。もし春蘭が本当は九龍のこと好きだったらって。
柳 そう、だったかしら。
堀田 考えてみたんです。もし、思いあう二人がいて、それをお互いに口にできない状況だったとして。だけど、春蘭なら、きっと言ったと思うんです。たとえ敵味方だったとしても、春蘭は、自分の言葉で、九龍に思いを伝えたと思います。
柳 ……。
堀田 俺、春蘭は最初から柳さんのつもりで書いてました。
安永 まぁ九龍の素直じゃなくてひねくれてるとこは藤沢さんそっくりだし、秀明の恰好良くて頭脳明晰なところは俺そのものだし、堀田はあて役がうまいってことだな。
田代 勝手に言ってろ勘違い男。
柳 ……ありがとう、堀田君。
藤沢 さ、公演も無事終わったことだし、舞台の片付けでもしようか。
柳 まって藤沢。
藤沢 どうした?
柳 本当に、このまま何も言わないつもり?
藤沢 ……。
田代 なになに? なんのこと?
柳 みんなに、ちゃんと言うべきだと思う。
藤沢 ……そうだな。
堀田 藤沢さん。
藤沢 俺、留学するんだ。1年間。
田代 え!?
藤沢 アメリカで、演劇論勉強して、それから英語力も付けて帰ってくる。
安永 いつ、行くんですか?
藤沢 来週。
柳 そんなに急なの?!
藤沢 黙ってて本当にごめん。
田代 また、帰ってくるんでしょ?
藤沢 もちろん。
安永 なんで黙ってたんだよ、人が悪いなぁ。
藤沢 ぎりぎりまで黙ってたほうが、面白いだろ?
安永 あんた最低だよ。
柳 ……。
藤沢 そういえば、いつになったら秘密を明かしてくれるのかな、美鈴は。
柳 ちょっと、なにを言ってるのよ。
藤沢 時期が来たら必ず言うって言ってたじゃないか。いつ? 早く教えてくれないと、俺向こうに行ってしまうよ?
安永 え? なに、この雰囲気は!
田代 野暮なこと言うんじゃないの!
柳 ……藤沢の、馬鹿!
藤沢 東風吹かば。
柳 え?
藤沢 向こうには梅の花はなさそうだからさ。
柳 ……わかった。
藤沢 じゃあ俺、先に行ってるよ。
藤沢が去っていく
背中をたっぷり見送る
柳 春になったら、必ず手紙を書くわ。
堀田 頑張ってくださいね、柳さん。
柳 ああ、でもどうしよう! 私まだ何にも言ってない!
堀田 もう伝わってるじゃないですか。
柳 そうだけど……そうね。そうよね。あぁぁぁでも私まだ何にも言われてない!
堀田 十分言ってたと思うんだけどなぁ。
柳 とにかく、来週ね。来週までに、なんとかしなきゃね!
堀田 今言ったらどうです?
柳 ……いい。結論は急がない。
柳が穏やかな微笑みを浮かべてはける
堀田 あー、失恋か。
田代 かっこよかったよ、堀田!
堀田 どうも。
田代 ねぇ堀田。あたし、あんたの脚本好きよ。
堀田 寿々さん。
田代 また、書いてね。
堀田 ……はい。
堀田が出ていく
安永 寿々やさしいな。
田代 そぉよー。あたしってば超絶やさしいの。知らなかった?
安永 可愛くはないけどな。
田代 うるっさいな!
安永 嘘だよ。
田代 っていうのが嘘なんでしょ。
安永 寿々は可愛いよ。
田代 は?
安永 その昭和な言葉遣いも、おっさんくさいくしゃみも、かわいいよ。
田代 ちょっとどうしたの安永、大丈夫?
安永 大丈夫じゃないかも。
田代 はぁ? もう、安永意味分かんない。あたしが本気で取ったらどうすんのよ。
安永 本気で取ってよ。
田代 え。
安永 俺はもうずっと本気だよ?
田代 しっ……知らない、何言い出すの馬鹿! 安永の馬鹿!
安永 演劇馬鹿とはよく言われる。
田代 勝手に言ってろ!
田代駆け出す
安永 あー……終わったな。いや、始まったのか。
安永 夏休み、それから新学期、また秋になって冬が来て。そしたらあっという間に春風が吹いて夏に戻ってくる。ずーっと、ずーっと覚えてるんだろうな。この夏のこと。初めてだったんだ。この夏が、きっと思い出になるって思ったのは。
安永が、舞台全体を見渡して、ゆっくりとはける
完
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