密室の中
事件
「…というわけで、この事件の捜査をお願いしたいのです」
ある秋の日。谷町警部のもとを訪ねて来たのは、雑誌『コロビアン』の編集者、尾村だった。
なぜそのような人物が谷町警部のもとへ訪れたのかというと、彼の務めている職場の部長が、自宅で死体となって発見されたからだった。
その部長の名は高野進。四十六歳。『コロビアン』編集部に務めている。人付き合いは悪く、頑固なので、近所では嫌われていると、尾村は言っていた。
事件が起きたのは四日前。その日は残業で、誰も彼もが夜遅くまで働いていたのだが、高野だけが用事があると言って、まだ明るいうちに帰ってしまった。実はそれは嘘だったのだが、判っているのに誰も怒らなかった。いつものことだったからだ。皆はやれやれという表情を浮かべるだけだった。だが、心のどこかで、よくこんな人が部長になれたな、とは思っていた。
それから十六時間後。高野の家に訪れたあるセールスマンは、おかしいと思った。呼びかけても応答がない。しかし、テレビの音声は聞こえてくる。ということは留守ではない。
ドアノブを回す。……開かない。鍵がかかっている。
『…ったく……。どうしよ』
その時、セールスマン、愛方の目は、近くにあったバケツに突っ込んでいるモップを見つけた。
『高野さん!』
バキバキと大きな音がして、室内に愛方が飛び込んで来た。
モップでドアをこじ開けたのである。
すると、部屋の中に異臭がたちこめていることに、愛方は気づいた。
そして、見てしまった。ナイフで刺された高野の死体を……。
「……その事件を僕が解決しろと?」
谷町警部の話を黙って聞いていた尾田三郎は、鋭い目で警部に訊いた。
「ま、まあそういうことですね……」
「その事件は警部に依頼されたものであって僕が関わるような事件ではありません。そもそも新聞にも載っているような有名な警部が名もない探偵に難事件を依頼していたというような危ないことがマスコミにでもバレたらただでさえ谷町警部以外にお客が来ないこの事務所に変な噂が立ってますます…」
「判りました判りましたよく判りました物凄くよく判りました判りましたってば!ああもう!」
「……何怒ってるんですか」
「これが怒らずにいられるかっつーの!……失礼しました」
「……いえ」
「それで報酬は……」
「んなもんいりません」
三郎が部屋を出て行こうとした時だった。
「……この事件、気を付けて下さい」
谷町警部が声をかけた。
「…何でですか」
「遺体が発見された部屋は、完全な〝密室〟だったんです」
「……」
三郎は何も言わずに、部屋を後にした。