私に還る日
プロローグ
「――だって。ねえ、暖野(のんの)もそう思うでしょ?」
宏美が同意を求める口調で言った。
しかし暖野がいっこうに反応を示さないため、その声はじきに苛立ったものになる。
「ちょっと、暖野!」
「え? 何?」
暖野は我に返り、慌てて聞き返す。
「うそ。全然聞いてなかったの?」
「うん……。ごめん」
「ひどいじゃない」
宏美がふくれる。
「ひどいって、何が?」
わざとではないにしても、暖野の声は自然ととぼけたようなものになる。本当に、何がひどいのかさえわかってはいないのだ。
「だって、私の話、全然聞いてなかったんだからさ」
「ごめん……」
何が何だかわからないにせよ、話を聞いていなかったことは事実なので、暖野は再び謝った。
「ねえ、どうしたのよ。最近の暖野、何だか変よ。悩み事でもあるの? 私でよかったら相談に乗るけど」
「べつに、悩んでるわけじゃないわ」
暖野は素っ気なく言った。
「そう? ほんとに?」
宏美が暖野の顔を覗き込む。
宏美の顔は、暖野の言葉を端(はな)から信じていないのを如実に物語っていた。
暖野はその眼差しを真正面から受け止められずに、目を逸らした。