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キミって

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 玄関の扉が閉まる瞬間。
「いってらっしゃい」
そんな声が聞こえたような気がした。
カチャ。
少し重たげな扉のラッチボルトの掛かる音でかき消された。

 毎朝のことだ。
クリーニングから戻って来たカッターシャツに袖を通し、見合ったネクタイを締める。
チェストの引き出しには、アイロンの掛かった折り目の通ったハンカチが並ぶ。
ボクはその中から、二枚取り出す。
一枚はズボンのポケットに、そしてもう一枚は、セカンドバックに仕舞いこむ。
アイロンをかけて引き出しに片付けているのはキミだ。
 でも、キミがアイロンをかけたカッターシャツのどこかしらに一本ある皺がボクを苛立たせる。
だから、クリーニングに出している。
 衣更えで匂っていたスーツの防虫剤の香りは今朝は気にならない。

 ボクは、社会に踏み込み戦う。
と、そんな大袈裟なことなど成し遂げようとは思ってはいない。
それなりの大きめな机の前に座り、ボクが立ち上がることを拒んでいるかのように誰かが近づいてくる。
その建物から出れば、誰かがその足を担ってくれる。
時には、違う思考の者とも時間を費やし話さなければならない。
曖昧な事柄も 解決へと導いていかねばならない。
このまま食べ続ければ、定期健康診断の気が重くなるだろう食事もしなくてはならない。
かといって、これらが嫌なわけではない。

気の置けない相手と飾らず話すこと。
お気に入りの飲み屋で一杯飲むこと。
雰囲気の良いラウンジで美酒を味わうこと。
甘い香りの漂う女性と語り合うこと。
趣味の散策に出かけること。
外の世界は、自由になれる。
それなりの開放感もある。
それを充分自分の中に取り込んでまた住処に帰る。

 朝、振り返らず閉まった扉を開ける。
鼻に吸い込む懐かしい空気の匂いに混じって出汁の香りと遠い記憶から知っている甘辛く親しんだ匂いが迎える。

 「おかえりなさい」
ただそこにあるキミの笑顔に心惹かれた。

 キミっていつの間にボクの此処に入り込んできたんだい?

ボクは、ふと一息ついてキミを見つめた。


     ― 了 ―
作品名:キミって 作家名:甜茶