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太陽のはなびら

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【偽りは涙の味(2)】



他の本で何度も読んできたこの響覚についての説明を、シンは読んだ。
そして、自分を戒める。
今日自分が響覚者だとバレていなくても、どうせもうすぐ一年がたってしまう。
皆のためにも、自分のためにも、ここを離れなければいけない。
そんなこと、今まで散々経験して、解りきっていた事なのに。

なぜだろう。
とても胸が苦しい。
まるで締め付けるような、
息が苦しくなるような胸の苦しみ。

そして、井戸の底の中から、決して手の届かない空を見上げるような絶望感。
首に下げているヘッドフォンに触る。そしてその理由に気がついた。

一年間。夢を見ていたのだ。望んではいけない幸せな夢を。

自分は求めてはいけないのだ。人と一緒にいるなんて事を。
夢を見てはいけないのだ。人と仲良くなるなんて事。

大切な人達、笑顔で武術の稽古に来てくれていた子供たちを思い出す。
お金がなくて食べるものが無いとき、おいしいスープをくれた定食屋のおばちゃんを思い出す。
仕分けを手伝った後、勉強を教えてくれた村商人のおじさんを思い出す。
いつも身の回りを世話してくれた、村長のことを思い出す。
よそ者の自分を分け隔てなく接してくれた村のみんなを思い出す。
そして、行き倒れていた自分を助け出し、姉のように自分を守ってくれた、ピリカの笑顔を思い出す。

自分の受け継いだ名前の意味を思い出せ。
自分はここにいてはいけないのだ。
この人達が幸せなら。不幸な目にあわないのなら。

僕は自分のことなんてどうでもいい。

自分が求めることで、みんなを不幸にするというのなら。
僕は求めることをやめる。
彼らが幸せになるために、地獄に落ちろといわれても、僕はかまわない。
シンは、本をバッグの中に入れる。
そして、ヒューイとともに、もう二度と帰ってこないであろう小屋を後にした。

作品名:太陽のはなびら 作家名:伊織千景