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太陽のはなびら

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プロローグ



雪が降っていた。
夜空の月の光が、深い森に積もった雪を青白く照らす。森の中に、こぢんまりとした赤レンガ造りの家がある。家の中には、少女と老人の二人きり。二人は降り積もる雪を眺めていた。

「だいぶん積もりそうだな。雪かきが大変そうだ」
いすに腰掛けている老人は、ぽつりとつぶやく。老人の髪と髭は見事なまでに白い。
顔にはしわが深く刻まれている。それはまるで、彼の過ごしてきた月日を表す年輪の様だった。
「リュヴリュ、薪をくべてくれないか。少し寒くなってきた」
老人が、暖炉の前に座っている少女に声をかけた。
リュヴリュと呼ばれた少女は、うなずいて、薪を暖炉に放り込んだ。
リュヴリュはクリーム色で、長い耳あてと赤いリボンが付いた、少し大きめのキャスケット帽子をかぶっている。帽子の下にのぞく、肩のあたりまである鮮やかな栗色の髪が、暖炉の炎で艶やかに光る。その隙間から深い藍色の瞳が、暖炉の炎を映していた。グラデーションのかかった、赤いひらひらのワンピースの上に着たピンクのポンチョに、リュブリュはまるで亀のように首を縮こませる。暖炉が暖かさを、部屋にもたらすのを、彼女はじっと待った。しばらくして、暖炉の中の火が強くなり、暖かい空気が部屋を包み込んだ。
「暖かい」
リュヴリュは暖かさを噛みしめるかのように、はにかみながらつぶやいた。
彼女は暖炉が好きだった。こんな寒い日はよく、暖炉の前で長い時間を過ごす。暖炉のぬくもりは、体だけではなく、心も温かくしてくれる。老人はその幸せそうな顔を、いとおしそうに眺めた。しかし、その優しげな微笑みが、一瞬歪み、大きくせきこんだ。リュヴリュは飛び起き、老人の座っているいすの元に駆けつける。その顔には、強い不安の色がにじんでいた。
「ああ、心配させて悪い。ちょっと痰がのどに絡んだだけだ」
老人は落ち着いた声で話した。しかし、老人の顔色は、ただ、痰が絡んだだけというにはあまりに青白かった。
リュヴリュは台所に向かい、コップ一杯の水と、何かの錠剤を持ってきた。
「いや、それはもういいんだ。ありがとう」
老人は穏やかな笑みを浮かべ、静かにそういった。
「おまえがここにきてから十年か。早いものだ」
老人は窓の外を見つめながらつぶやく。
「おまえに出会ったばかりの頃、私は死にとりつかれていた。死が恐ろしくて、それを克服しようとした。この薬も、そのために作ったのだ。だか、もういい。もういいんだ」
ぽつり、ぽつりと老人は話し続ける。
「不思議なものだ。あれほど恐れていた死が、こんなにもいとおしいものだったとは」
老人は、不思議そうな顔をしたリュヴリュを見つめる。
「世界は、人生は、終わりがあるから鮮明に輝くのだ。永遠に輝くものは、輝く意味を失う。いつか朽ち果てるからこそ、それは美しく。そしていつか消えてしまうからこそ、それを慈しむのだ」
リュヴリュは頭を傾げ、よくわからないという表情をする。
そんなリュヴリュの頭を、老人は優しくなでる。
「大丈夫。お前もいつか、この意味がわかる日が来るよ」
老人はゆっくりとした動作で、いすから立ち上がり、壁に掛けられているコートを羽織って帽子をかぶった。
リュヴリュはなぜ老人が、こんなに雪が降っているのに、外に出ようとしているのかが分からなかった。それを聞こうとしたが、心地よい睡魔がリュヴリュの意識を削ぐ。暖かい暖炉のせいだろうか。それとも先ほど食べたおいしい晩御飯のせいだろうか。
リュヴリュはその睡魔の理由をわからないまま、完全に眠りについた。
老人は、リュヴリュの寝息を聞いた後、彼女をかつぎ上げ、ベッドに寝かせ、毛布を上に掛けた。
「食事にまぜた薬。ちゃんと効いているようだな。本当は、ちゃんと別れを告げたかったが、ごめんな。きっとお前に止められたら、私は逝けなくなる」
老人は、深い眠りについているリュヴリュの頬をなでた。くすぐったそうな、うれしそうな寝顔を、老人はしばらく眺め。そしてドアに手をかけた。
「それじゃあ、お別れだ。今までありがとう、リュヴリュ」
ドアは閉まり。老人は深い雪の中に消えていった。
なにも知らないリュヴリュは、ただ、幸せそうに、眠っていた。

作品名:太陽のはなびら 作家名:伊織千景