FLASH BACK
「……こちらこそ」
まるで父親には敵わないといったように、鷹緒も深々と頭を下げた。
「あの……反対しないんですか?」
やがて訪れた沈黙に、今度は鷹緒が尋ねる。そんな鷹緒に父親は苦笑した。
「反対すると思うかい?」
どちらの意味とも取れて、鷹緒は軽く頷いた。
「……筋を通さなければと思って、ここへ来ました。俺は反対されても仕方のない人間です。同じ職場のため、顔を合わせないわけにはいかないですが、認めてもらえるまで指一本触れるなとおっしゃるのならそうします。そのくらいの覚悟はあります」
「そうか……」
「驚かせてしまって、本当にすみません。俺も……正直、冷静ではいられないことがあります。俺には離婚歴もあるし、ご存じの通り卑屈な人間ですので、彼女に相応しいとは……でも彼女は、杏子姉さんのように明るくて真っ直ぐで、俺なんかの心にもすんなり入ってきてくれて……それがとても癒されて救われます。お互いに同情している部分もあるのかもしれませんが、俺は彼女のことを、本当に大切にしたいと思っています」
鷹緒の覚悟の中に、心の中の葛藤が少し垣間見えた気がした。
それを聞いて、父親は静かに微笑む。
「ありがとう。脅したようで悪かったね……僕は反対なんかしないよ、鷹緒君。沙織とどうなるということじゃなく、僕は前から、君を引き取って息子になってくれればいいと思っていたくらいだしね。お義父さんの家に君が引き取られる時も、こっちで暮らさないかとずいぶん交渉したものだ」
「……でも」
「確かに君には離婚歴もあるし、沙織よりずっと年上だけど、今は割と自由な時代だし、なにより沙織が好きになった人なら、祝福してやらないわけにはいかないよ。そりゃあ手放しで喜べない部分はあるけどね。でもそれは、父親のやきもちなんじゃないかな」
照れるように微笑む父親に、鷹緒も苦笑した。
「ありがとうございます……」
「いや。こちらこそありがとう。ちゃんと言いに来てくれたのも嬉しかったよ。君だって日々戸惑う部分も多いだろう。わかるよ……でも沙織の過去も、こういう関係もひっくるめて付き合う覚悟してくれた、君の姿勢のほうが素晴らしいと思うよ。沙織をよろしく頼みます」
「ありがとうございます……」
「鷹緒さん、大丈夫かな……」
スーパーまで買い物に来た沙織は、口を曲げて俯いた。
「大丈夫よ。ああいう話は、男同士のほうがいいの。それより、まさかあんたが鷹ちゃん連れて来るとはねえ」
母親はなんだか楽しそうに、野菜を選んでいる。
「……お母さん、びっくりした?」
「そりゃあしたわよ。しかしあれはないわよねえ。ちゃんと先に言っておきなさいよ。結婚話かなとは思ったけど、ユウさんと別れて間もないし、よりによって私の従兄弟を連れて来る?」
本音を言うように、母親は苦笑した。
「ごめんなさい……」
「でもまあびっくりしたけど……小さい頃から、鷹ちゃん鷹ちゃんって言ってたしね。あんたの夢が叶ったっていうのかな」
「え? 私、鷹緒さんのこと全然覚えてないんだけど……」
「何言ってんの。おばあちゃんちでよく遊んでもらってたくせに……でもまあ、バツが悪いでしょうに、真剣だから報告しにきてくれたんだし、このまま結婚しても私は文句ないわよ」
「本当? じゃあお母さん、賛成してくれるの?」
沙織は顔を輝かせる。
「少なくとも反対はしないわよ。二人とももう大人なんだし、変な人連れてこられるよりよっぽどいいわ」
「よかった……お母さんがそう言ってくれたら、半分安心」
「お父さんだって、鷹ちゃんなら反対しないでしょ」
「そうかな……」
「そうよ。うちの家族はみんな、鷹ちゃんのこと大好きなんだから」
「うん」
沙織は少し不安が解消されたように、母親と家へと戻っていった。
沙織たちが家に帰ってからは、取り立ててそういう話はせず、仕事の話や近況などを語り合い、普通の会話を楽しんだ。
「沙織。俺、代わるよ」
食器を洗っていた沙織に、鷹緒がそう申し出た。沙織の隣では、沙織の母親がフルーツの皮を剥いている。
「いいよ。私やるから」
「いや、ちょっとお母さんとも話したいし」
はっきり鷹緒がそう言ったので、沙織は頷いて去っていった。
「なあに? 私はそんなに手強くないから大丈夫よ」
母親の言葉に、鷹緒は苦笑して皿洗いを始める。
「でも……ごめんね」
「なに謝ってるの。こっちがお礼言いたいくらいだっていうのに」
「……反対じゃないの?」
「反対じゃないわよ。気持ちとして、複雑な部分は正直あるけどね。それは鷹ちゃんもでしょ?」
なんでもお見通しといった様子の母親に、鷹緒は苦笑する。
「俺も……こんなことになるとは、夢にも思ってなかったんだけど……なんかそう考えると、いろいろ申し訳なくて」
「親っていうのはね、子供が幸せならそれでいいのよ。沙織が選んだ人なら応援したいし、それがたまたま私も知っている人だったっていうことだけ。何も恥じることないのよ」
軽く言ってくれたその言葉に、鷹緒の心もまた軽くなっていた。
「ありがとう。絶対大事にするから」
「そう。で、式はいつにするの?」
からかうように言った母親に、鷹緒は笑う。
「まだそこまでは……」
「あら。とっととしちゃいなさいよ。また奥さんに逃げられるわよ」
「姉さん……」
「うふふ。冗談よ。でもあの子、結構ふらふらしてるもんだから、ちゃんと捉まえておいてあげてね」
「うん」
「ああ、すぐじゃないにしても楽しみだわ。はい、フルーツ剥けたから持って行って」
思いのほか乗り気な態度を取ってくれる母親に、鷹緒はお辞儀をして去っていく。それが大人の態度だということも鷹緒にはわかっていたが、そうしてくれる沙織の両親がありがたかった。
「そうか……こういう家族の繋がりもあるんだな……」
帰りの車でしみじみとそう言った鷹緒に、沙織が笑って首を傾げる。
「ええ?」
「いや……俺、新しい家族って自分が作るものだけかと思ってた……でもそっか。沙織と付き合ったら、あんなあったかい家族がついてくるんだな」
どこか嬉しそうな鷹緒だが、それを聞いて沙織は押し黙った。自分が当たり前に持っている家族を、鷹緒は持っていないのだ。
「……理恵さんの家族にも、挨拶したんでしょう?」
沙織の言葉に、鷹緒は過去を思い返す。
「したけど……あいつもすでに勘当同然だったから……挨拶に行っても、お義父さんとはほとんど話にもならなかったし、お義母さんとはたまに会ったけど、理恵が実の両親と打ち解けてないのに、俺の家族という感じでもなくて……」
「そう、なんだ……」
「ああいや、だからおまえが沈むことないんだって。俺は今、おまえの両親に認めてもらえて嬉しいよ」
「ありがとう。嫌な役やらせちゃって……」
「なに言ってんだよ。俺がしたいって言ったんだから」
「でも、ありがとう」
二人は互いに微笑み合った。
それから数日後。両親に認められたおかげで沙織の心はすっかり盛り上がっていて、そんな沙織を前に、鷹緒は優しく微笑む。
「結婚しようか……」
その夜、鷹緒の家で料理を作っていた沙織に、鷹緒がそう言った。
沙織は一気に頬を染める。
「えっ」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音