FLASH BACK
「……この頃、モデル全盛期だろ。俺なんかでも使われたくらいだから、いい時代だっただけじゃん?」
鷹緒の言葉に、沙織は苦笑する。
「もう、鷹緒さん。それだけモテるのに、どうしてカッコイイからモデルになったとか思わないの?」
「だから俺は、おまえが思うよりモテないっての」
「罪だなあ。まあそれでナルシストだったら嫌味なだけだけど」
「ハハ。それに昔の自分褒められてもなあ……」
「もちろん今もカッコイイよ?」
「そりゃあどうも……」
しばらく見ていると、沙織は何かに気がついた。
「気のせいかもしれないけど……鷹緒さん、目線合ってる写真、上から撮られてるか下から撮られてるかのどっちかだね? あとは横向いてたり……真正面のがないみたい」
思わぬ沙織の言葉に、鷹緒は笑った。
「おお、すげえ。気付いた?」
「え? じゃあ、わざとなの?」
過去を振り返り、鷹緒は笑いを堪えきれずにいる。
「いや……俺、モデルなんてやりたくなかったから、カメラの前でも無表情だったし、正面だとどうしてもやる気ないのが伝わるっていうんで、三崎さんの苦肉の策」
「ええ? そうなんだ」
「だから上目使いとか上から見下ろす形が多くて、笑顔もないから挑戦的だとか、散々叩かれたけどね」
「やりたくないのに、よくやったねえ」
「うんまあ……十代の頃は人生投げてたから。死ぬほど嫌なわけじゃなかったし、あの職場は居心地よかったから離れたくはなかったし、やれと言われればなんでもやってたよ。おかげで俺もカメラマンになれたって感じ? 俺よりやる気なくて扱いづらいモデルはいないからな」
「あははは。そういうこと?」
「そういうこと」
また鷹緒の思わぬ過去を知って、沙織は嬉しさに顔を綻ばせた。
「同じ時代に生まれたかったな……そしたら、鷹緒さんと同じ雑誌に出られたかもしれないのに」
叶わぬ夢を呟く沙織に、鷹緒は静かに微笑み、自らも考えてみる。沙織と同じくらいの年代ならば、今と違う人生になっていただろうか。それともやっぱり一度は理恵と結ばれでもして、もっと複雑な関係になっていたかもしれない。そう思うとぞっとした。
「……俺は今のままでよかったと思えるよ。同じ年くらいでタイミング良ければいいけど、やっぱり結婚しちゃって、その後におまえと再会でもしてたら、どうしようもないじゃん。泥沼だよ」
思うまま素直に言った鷹緒に、沙織は目を見開いた。
「そっか……それもそうだね……」
しんみりした様子の沙織を見て、鷹緒は俯いた。いつも素直で純粋な沙織は、真っ直ぐに自分へとぶつかってくる。正直、それが鬱陶しいこともあり、逆に可愛らしいと思うこともあるのだが、鷹緒自身も素直に話す癖がついていることに気付かされる。だがそれは結果的に、沙織にとってはよくないこともあるだろう。そう考えると穏やかではない。
「……他に望むことは?」
そう思うせめてもの罪滅ぼしで、鷹緒はそう尋ねた。
「うーん……べつにないよ。こうして見せてくれただけで十分」
いつものように明るく笑う沙織に、鷹緒は安心するように頷く。
「少ししかなくてごめん。そういうのとっておくタイプじゃないから……」
「じゃあこれとっておいたの、もしかして理恵さん?」
またも理恵の名前が出て、二人の間に沈黙が走る。だがもう、鷹緒には素直に言うことしか残されていない。それは沙織が望んでいるからである。
「うん……」
「もう、やだなあ。そんな深刻な顔しなくても、素直に言ってくれて嬉しいよ?」
バツが悪そうにそう言った鷹緒に、沙織は明るく笑った。そんな沙織につられるように、鷹緒もそっと微笑む。
「俺は……今はおまえ以外の誰のことも思い出したくないけど」
鷹緒の言葉に、沙織は顔を赤らめて立ち上がる。
「わ、私もお風呂入ってきていい?」
「いいけど……今日は帰るんじゃないの?」
「帰るけど、お風呂入ってから帰る」
もはや鷹緒の顔も見られず、沙織は逃げるように風呂場へと入っていった。
そんな沙織に苦笑し、鷹緒は目の前に置かれた雑誌をめくる。今思えばよくやったなというモデル時代の自分がそこにおり、何の疑いもなく理恵と幸せに付き合っていた頃がある。またその頃の理恵を見れば、不謹慎にもやはり理恵のことが好きだったのだという感情も、未だ心の奥底にあることが容易に理解出来てしまう。
その時、鷹緒の携帯電話が鳴った。液晶画面には、石川理恵の文字がある。数年前までは互いに避けている部分があったので音沙汰もなかったはずだが、同じ職場になって以来、理恵は完全に過去を捨てたかのように、鷹緒へ自然に接してくる。それがなんとも切なくも感じた。
「……」
鷹緒は携帯電話を握るものの、思い出に浸っていたため、タイミングが良すぎて出る気にはなれずやり過ごした。急用ならば留守録にでもメッセージが入るだろう。
そうこう考えているうちに電話が切れたが、理恵がくだらないことで電話してくるはずがないと思い直し、鷹緒はすぐに折り返しの電話をかけた。
『もしもし』
理恵の声が聞こえ、鷹緒は目の前の雑誌を閉じた。これ以上、過去に思いを馳せたくはない。無理やり現実に戻るように、鷹緒は頭を切り替えようと息を吐く。
「あ……ごめん、電話くれた?」
『うん。忙しいのにごめんね。あの……恵美、そっちに行ってないわよね?』
思わぬ言葉に、鷹緒は目を見開いた。
「え……来てないけど。どうした?」
『今日あの子、雑誌の撮影だったんだけど、迎えに来たらもう帰ったって言われて……』
それを聞いて、鷹緒は顔色を変える。
「豪は?」
一番に豪の名前が浮かんだ。それもまた、鷹緒にとっては苦痛の名前である。だが恵美は理恵と豪の娘であり、豪が海外から帰ってきた今、自分の父親としての役目は終わっている。
『豪のところには行ってないって……ごめん、じゃあたぶん家に帰ったんだわ。この間も勝手に帰ろうとしてたから……』
「大丈夫か? 俺もそっち行こうか?」
沙織が嫌だと思うだろうことは想像出来たが、恵美が心配なほうが大きく、鷹緒は思わずそう言ってしまった。
『ううん。とりあえず帰ってみる……ごめんね。あの子、反抗期入ってきたみたいで……』
「もう?」
『べつに早くもないし……それにたぶん、豪が帰ってきたことでナーバスになってる部分もあるんだと思う……悪いけど、何かあったらすぐに連絡してくれる?』
「わかった。おまえも何かあったら、遠慮せずに連絡しろよ」
『うん、わかった。心配かけてごめんね……』
「いや……」
鷹緒は電話を切ると溜息をついた。恵美とは血は繋がらなくとも戸籍上では娘であり、どういうわけか今でも可愛くて仕方がない。もう関係がないとはいっても、放ってはおけずに頭を悩ませる。
「恵美ちゃん、なにかあったの……?」
ふと気が付くと、鷹緒の後ろに沙織が立っていてそう言った。
「ああ……ちょっとね」
言い方は悪いが部外者の沙織に心配はかけたくないと思い、鷹緒は言葉を濁した。また自分自身も不確かな情報では何も言えないと思う。
だが沙織は、すでに心配そうな顔をしている。それは鷹緒自身が顔を顰めているからだ。
「……大丈夫? 理恵さんのとこに行ってもいいんだよ?」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音