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ぼくらはみんな生きている

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数年後


 新しい餌場を見つけることの出来なかった2頭の鹿の親子は、いつもの餌場に向かっていた。同じ餌場を頻繁に使うと、餌はすぐに無くなってしまう。その為に餌場を回さなければならないし、母鹿もそれを親からおそわった。息子にも伝えなければならない大事なことだ。母は我が子を気遣って歩いている。息子は、そんな母の気持ちなどはお構いなしに、母の周りを楽しそうに跳ね回っていた。しかし、その子鹿の体格は、子鹿とは呼べないほどに成長したもの。その体格からすれば、既に母のそばからは離れなければならない年齢のはず。母は厳しく突き放して子供を独り立ちさせねばならないにもかかわらず、それを怠り、息子もいまだに母に甘えていた。
 だが、母には我が子のそばから離れられない理由がある。その理由は息子の脚に絡みついていた。息子の四本の脚は、産み落とされた時から歪に湾曲し、へしゃげている。その傷の理由を母はしらない。ただ、息子から離れれば、それは息子の死を意味することをしっていた。それでも突き放すべきだったのかもしれない…。子を守る母親の本能なのか…。今後も母は我が子から離れることはないだろう。


 親子の到着した餌場は「月」の近くである。息子は食事に熱中している。母は周囲の物音に耳を向け、木の実を食べながらも、いつもその視界に我が子を入れていた。我が子を見つめるその母の瞳には、眼脂(めやに)がひどく溜まっている。しかし、それは眼脂ではなく、母鹿の下瞼の前に突出している黒い「できもの」は

皮膚癌

 野生のまだ若い雌鹿に、癌。それが見えない炎の傷だと母はしらない。やがて親子はある程度オナカが膨れると、その餌場を後にする。母は草むらを悠々と飛び越え、奥の獣道に降り立つ。息子も湾曲した足を器用に使い、不格好にジャンプする。だが、その足では鬱蒼と生い茂るおじぎ草を一気に飛び越える事は出来ず、草むらに着地する。しかし、そんな不幸な境遇にめげることなく、母の待つ獣道に向かって再びジャンプした。


 2頭の鹿の親子は森の中に去り、
 息子の蹴った草がまだ微かに揺れている。


       おじぎも忘れて揺れている…