小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

宵待杜

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 ぱらぱらと、軽い音が店先で鳴った。
「あ、もしかして降ってきた?」
 紅茶の抽出時間を待って砂時計とにらめっこをしていた蜜月が、ぱっと顔を上げて、磨り硝子を嵌め込んだドアを見る。白く濁った硝子の向こうでは、外の様子は見られない。
 ぱらん、ぽろん、っと軽い音は、雨よりも軒先に弾けて転がるものだ。店の屋根が、まるで鍵盤でも仕込んでいるかのように、軽やかな音色を奏でる。
「星の欠片、かな」
 店主が本から目を上げて、ぽつりと呟いた。
「星の欠片?」
 蜜月が振り返ると、彼は深い笑みで頷いた。
「空から、星が降ってきてるんだよ。きらきらと、銀色の雨みたいで綺麗だよ」
「今日は流星雨になるっていってたものね」
 暁が補足する。するりと雑多に物が置かれた棚の隙間を通って、彼女は窓際に移動した。
「蜜月、こっちいらっしゃい?」
 しなやかな手先が蜜月を呼ぶ。まだ半分は残っている砂時計の砂を確認してから、蜜月は暁の前に滑り込む。
 埃だらけの古い店の中で、よく磨かれた窓の向こうには、小さな星の欠片が落ちてきているのが見える。
「ほんとだ……お星様ね」
 室内から斜めに見上げても、その出所ははっきりしないが。
「……お星様、ぶつかったら痛いかな」
「そうだねぇ。大きなのが直撃したら、ちょっと痛いかな」
 店主の言葉に、蜜月が不安そうに眉を歪める。
「ほら、虐めないの。大丈夫、彼は無事に来るから」
 蜜月をみてくすくすと笑っている店主をひと睨みして、暁が蜜月を抱きしめてやった。
「ごめんごめん。蜜月、もうすぐ砂が落ちきるよ」
「あっそうだ!」
 店主が指さした砂時計は、もうあと少しの砂しか残っていない。
 慌てて蜜月がポットの前に戻った。
「きっと、もうすぐで来るよ。星が落ちたら、時間だからね」
 店主がとんとん、と指先で砂時計を叩く。
 蜜月は机の上に顎をのせて、まじまじと砂時計とにらめっこした。
 さらさらと細い道を通って落ちていく最後の砂の一粒は、星の砂。
 ころん、と、最後の星が硝子の小宇宙の中に転がった。
「時間だね」
 蜜月が、カップを温めていた湯を捨て、均等に注ぎ分ける。シンプルだが形に一癖あるアンティークの店主の器、珍しい色の混じった薄くて軽い暁の器、鮮やかで可愛らしい花のちりばめられた蜜月の器、それぞれの専用カップに。そして、ベストドロップ、最後の美味しい一滴は、飾り気もなくただ凛と存在感を主張している待ち人のものに。
 最後の一滴がカップに注がれるのと同時に、からん、からからからん、と、ベルが鳴り、古びた扉が軋んだ音を立てて開かれた。
「深景ちゃん!!」
 蜜月が真っ先に声をあげた。
 入り口に立っているのは、漆黒の髪に、星の欠片を絡ませた少年。
「まさか流星雨とはやられたな」
 彼は、戸口で星の欠片を払い落としながら、軽く顔をしかめた。ぱたぱたと蜜月が駆け寄って、深景を下から覗き込む。
「お星様、痛くなかった?」
「ああ、別にそれは大丈夫。長袖のシャツだし、あたったかなっていうくらいしか、感触はないみたいだ」
「蜜月が待ちかねていたよ」
 店主が、薄く月長石を削って作った栞を挟んでぱたんと本を閉じる。カウンターにそれを乗せて、テーブルのところまで出てきた。
「そう、お茶淹れて待ってたの。ちょうど入った所よ」
 蜜月が、せかすように深景の手を引いた。それに逆らわず、深景がテーブルに着く。
「じゃあ、せっかくだから頂こうかな」
「今日はね、深景ちゃんの好きなダージリンにしたの」
「初摘みを入荷したのよ」
 暁も店主の隣に陣取って、カップをそれぞれの前に並べた。
 それぞれが定位置について、カップに手を伸ばそうとしたとき、蜜月が手を止める。
「あ、深景ちゃん、まだお星様」
 椅子の上に膝立ちになって、深景の髪の毛に手を伸ばす。一粒絡まっていた星の欠片を、指先でつまんでさらりとした髪の毛から剥がしてやる。
 小さな掌の上に転がったそれは、それこそ星の砂の一粒ほどに小さいものだ。だが、白銀のその欠片は、凛とした光をまだ放っている。
「きれーい……」
「気に入ったんなら取っておけば?」
「うん! マスター、何か可愛い小瓶あったらちょうだいっ」
「それが入るくらいの小瓶? そうだな……確か奥の棚にあったような気がするから、あとで出してあげるよ」
「わあ、ありがとう!」
 蜜月は、大切そうに、ソーサーの上にその星の欠片をのせた。硬い物同士が接触するときの高い音さえも、トライアングルを鳴らしたように響く。
「さあ、早く飲まないとせっかくの紅茶が冷めてしまうわ」
 暁が既にカップを片手に促す。
「そうだった。深景ちゃん、お味は?」
「……ん。まあまあ」
 ゆっくりと一口味わって、深景が言った。お茶にはうるさい面子が集まっているこの店では、なかなか最高評価が出ることはない。
 しかし、深景の紅茶に対する「まあまあ」の評価は、かなり高評価であることを、今では誰もが知っている。
 ふふふっと、蜜月が嬉しそうに笑って、両手でカップを抱えた。

 星の降る夜、こんなお茶会がどこかの店で開かれているかもしれない。
 店主は言う。
 ここは宵待杜と言う名のちょっとした不思議と安らぎを置いている店。
 たどり着いたお客様は、誰でも歓迎するよ。
 さあ、ようこそ。
作品名:宵待杜 作家名:リツカ