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孤独なうさぎ

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 黒板に背を向けて立った宮原がいつも通りの無表情で別れの挨拶をした。
「イママデアリガトウゴザイマシタ」
 そう言って最後に軽く頭を下げても、クラスのみんなは連絡事項を聞いたみたいに(あーそうですか)という反応。
 まあ、泣けばいいというわけじゃないけど、なんとも味気ないお別れだ。担任の赤塚先生も困ったように苦笑いを浮かべていた。クラス委員長から色紙を渡された宮原はそこに書かれている寄せ書きを見ることもなく、ゴミでも捨てるかのようにランドセルへと突っ込んだ。
 終業ベルと同時にみんなが勢いよく立ち上がる。一番に廊下へ出て行く宮原の背中に何人かは声をかけていたけど、その姿が見えなくなるまで振り返ることはなかった。

 
 教室の出入り口の混雑が収まると僕は下駄箱ではなく図書室に向かう。
 宮原ほどじゃないけど僕にとっても学校はそれほど楽しい場所ではなく、図書室の本を借りることが登校の目的の半分くらいになっている。
 最初の頃は一人で来るのが少し怖かった。ちょっとでも音を立てたら机を占領している高学年の人たちに睨まれるような気がした。でも、今ではその静けさが心地いい。騒がしい教室よりもずっと落ち着く。
 これまでいろんな本を読んできた。『怪談レストラン』や『ズッコケ三人組』、『ファーブル昆虫記』、『ハリー・ポッター』、『そして誰もいなくなった』、『吾輩は猫である』、『三国志』、『人間失格』、図書室にはまだまだ僕の知らない世界が眠っている。
 最近読んでいるのは動物に関する本が多い。五年生になって僕は飼育委員に就任した。動物好きの人は多いと思うけど糞掃除とかが嫌がられ、夏休みでも当番の日は学校に来なくてはいけなかったのであまり人気がなく、風邪で休んでいた僕が勝手に選ばれていた。確かに小屋の中はかなり臭いし、ニワトリは凶暴なので掃除するのも勇気がいる。六月の脱走事件の時は大変だった。
 だけど、うさぎはとても可愛い。ウチの学校にいるのは日本白色種っていう赤い目をした真っ白なうさぎ。僕が掃除をしていると後ろからついてきたり、今では指を出すと舐めてくれたりする。あまりの可愛らしさに思わず自分の家に持ち帰ってしまったという三年前の先輩の気持ちもよく分かる。

 今日は当番ではなかったけど、図書室での用事をすぐに済ませて飼育小屋を見に行った。やっぱり世話をしていると愛着がわく。うさぎはもちろん、インコやクジャクや、あのニワトリにだって。動物たちに会うことが僕が登校する目的の残り半分なんだ。
 それと、今日はもうひとつ理由があった。
 小屋の前に座り込んでいる、かなりくたびれた赤いランドセルにショートヘアの後ろ姿。僕が声をかけると宮原は少し驚いたように振り向いた。
「ああ、進藤くんか」
 飼育委員は上級生のクラスから二人ずつ選ばれ、僕のクラスのもう一人は宮原だった。自分で手を挙げたのか押し付けられたのかは知らない。クラスの中での存在感はゼロに近かったけど飼育委員としては誰よりも積極的に活動していた。そんな姿を知っているのはコンビを組んでいた僕くらいだろう。
「こいつらも寂しがるだろうな」
 金網越しに寄って来ているうさぎを見ながら言うと、宮原は「寂しさなんて感じない」と素っ気なく答えて立ち上がる。
「でも、うさぎって寂しいと死んじゃうなんて言われたりするよね」
「もともと群れない動物だから孤独で当たり前なんだよ。それを見た人間が勝手に寂しそうだと思っただけ。エサがもらえれば誰だっていいんだから」
 やっぱりね、そう言うと思った。世話をしている時も宮原はうさぎに触ろうとしなかった。飼われているうさぎは人間に懐くし甘えてくる。そんなことは分かっている筈なのに。
 これまで宮原は父親の転勤で四度引越しているらしいから今回で五度目だ。いつも突然に決まるので「いちいち驚いてなんていられない」と言っていた。どうせまた転校するんだから友達を作っても仕方ないと思っているのかも知れない。
 僕だって宮原の友達じゃないだろう。飼育委員の時以外に話したことはほとんどなかった。 
「だけど、やっぱり会えなくなるのは寂しいよ」
 校門へと歩き出した足が止まり、ゆっくりと僕の顔を見る。
「そうだね」
 少し震えた声。
 最後に、うさぎ色の目をした宮原が微かに笑ってくれた。
作品名:孤独なうさぎ 作家名:大橋零人