世界の片隅のコンビニで
僕が近所で唯一の商店であるコンビニのドアを開けるといつもの様に店員のお姉さんがにこやかに出迎えてくれた。
「こんにちは」
いつもの様に僕も少しはにかみながら挨拶を返す。
「今日は生憎だけど冷凍食品のお弁当しか無いの。悪いけどそれを買っていってくれる?」
お姉さんは申し分けなさそうに微笑んだ。
冷凍だろうと乾燥だろうと僕は構わない。どうせ世の中にはそれしか食べ物は無いのだから。僕は代金を払って家への道をゆっくりと帰ってゆく。
僕は僕以外の人間はあのコンビニのお姉さんしか知らない。
乳母ロボットのマリアが教えてくれた話しによると、僕が生まれるかなり前に地球規模で悪性の伝染病が蔓延して殆どの人が死んでしまったそうだ。
一部の耐性を持つ人々が生き永らえたけれども、一度減り始めた人口の減少は止める事ができず今や人類が最も絶滅に近い種族になるらしい。
そして、マリアは乳母ロボットのくせに食事を作る事ができないので、僕は一時間も歩いてコンビニに毎日食べるものを始めとする生活必需品を買い行かなければならない。
コンビニのお姉さんは数年毎に交代になるらしく、今のお姉さんは僕が知る限りでは六人目で、前のお姉さんと比べるととても明るくて愛想が良い。おかげで僕はコンビニに行くのが楽しみなのだ。
もしかすると前のお姉さんはあまり客扱いが良くなかったので、早く交代になってしまったのかもしれない。
まあ、そんな事はどうでも良い。僕もこの春に十五歳になったので、かなり年上なのは気になるけど――以前、思いきって訊いてみたら二十歳だそうだ――ご近所では唯一の女の人であるお姉さんと是非、もっと仲良くなりたいと思っている。
家に帰るとマリアが僕の買い物を受け取って温めてくれた。
「ナニカイイコトアリマシタカ?」
マリアは僕のテーブルに温めたお弁当をポンと投げ置いて僕の顔を覗きこむ。でも、絵に描いたようなロボット顔のマリアからはその質問がどういう興味なのかがさっぱり読み取れなかった。
「うん、コンビニのお姉さんとね、いつもより少し長く言葉を交わしたんだ。ねえマリア、あのお姉さんは僕が誘ったらこの家に遊びに来てくれるかな?」
「サア、ドウデショウ。オミセカラハ、ハナレラレナイノデハナイデスカ」
「あ、そう」
マリアはいつもそっけない。僕は弁当を平らげると部屋に引き上げて読み掛けの本を開いた。
今日はマリアが先生になって行う勉強が休みの日だ。昔のカレンダーで言うところの日曜日なのだ。
そうだ。日曜日なのだから僕がコンビニに遊びに行けば良いのだ。そんなことを急に思いついた。
正直に言うと日曜日なんて関係無い。きっとコンビニにだって日曜日なんて関係無いのだろう。それは僕が読んだ昔の資料の中に書いてあったのを、僕が勉強をサボりたいが為に持ち込んだものだから。
僕は居間に行って床に掃除機を掛けているマリアに言った。
「僕、ちょっとコンビニに行ってくるよ。もしかすると遅くなるかも知れないけど心配しないで」
「ダ、ダメデス。モウスコシマッテクダサイ」
「え、なんで。ついでに要る物があったら買って来るよ」
「ア、セメテソウジガオワルマデ……」
僕はマリアの言葉を全部聞かないうちに家を飛び出した。
しかし、家を数歩出たところで、財布を持っていないことに気がついて家に戻った。
家のドアを開けたとき。僕は思いがけないモノを見てしまった。
マリアは頭だけがマリアで、首から下にはコンビニのお姉さんの様な制服を着た女の人みたいな身体があったのだ。そして、その足下にはバラバラになったマリアの身体が転がっていた。
「え、何これ。どういう事?」
僕は声を荒げて訊いた。
「エ、あの、コレは」
マリアはいつもの抑揚のない電子音声と人間の肉声が微妙に混ざった声を出してうろたえた。
よく見るとバラバラになったマリアの身体は、金属の板でできた鎧の様なもので中身は空洞だった。
「ごめんなさい」
マリアは缶詰の様な頭のカバーを開いて外した。中には困った様な泣き顔でコンビニのお姉さんが笑っていた。
「ごねんなさい。いつか貴方にも思春期が来るからって、貴方のお母様が――」
そう言いながらマリアは両手の人差し指の先端から飛びだした金属の棒を自分の耳に差し込んだ。そしてカチリと回すとコンビニのお姉さんは二人前のお姉さんの顔になった。髪の毛の長さや色さえも変る。
そしてまた今のお姉さんの顔に戻った。
「本当にごめんなさい。貴方が最後の人類だって事は知られてはいけない事だったの。だって何の希望も無い人生なんて――」
そう言いながらコンビニのお姉さんは僕の頬に手を伸ばした。初めて頬に触れた他人の手はとても人工物とは思えなかった。柔らかく湿っていて、そしてチクリと……。
◆◆◆
「じゃあ行って来ます」
僕は走りたい気持ちを押さえてマリアに声を掛けた。
「ハイ、ア、チャントサイフはモチマシタカ?」
いつもの調子でマリアが応える。「大丈夫!」僕は一応ポケットを確認してからドアを飛びだした。
昨日、コンビニのお姉さんは「明日は家に遊びに来ても良いよ」と言ってくれた。
いつかはマリアもお姉さんに会わせてあげようと思う。きっと仲良くなれるはずだ。
ただ心配なのはマリアは古いロボットなので、歩行機能が弱ってしまい今はまったく家を出ないという事だ。
幼い頃の記憶に残る、僕をおぶったまま風の様に走ったり、ものすごいジャンプをしたりはきっともう出来ないのだろう。
おわり
作品名:世界の片隅のコンビニで 作家名:郷田三郎(G3)