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超短編小説  108物語集(継続中)

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 それにしても愼一と彼女はいつ頃から手を振り合うようになったのだろうか。
 まず半年ほど前のことだった。なぜか人混みに押されても涼やかに凜と姿勢を崩さない彼女が気になった。さらに観察を続けると、どうも愼一と同じ時間に、いや愼一の乗車時刻に合わせるかのように現れるのだ。

 それから三ヶ月ほど経過した頃のことだった。多分軽い貧血でも起こしたのだろう、彼女がホームにしゃがみ込んだ。愼一は思わず「少し休んで行ったら」と初めて手を振った。だが愼一はそのまま電車に乗り込んでしまった。「あれから彼女は一体どうしたのだろうか?」と心配だった。
 翌朝、普段通りに現れた彼女に手を振ってみた。すると彼女は「ありがとう」と手を振り返してきてくれた。

 確かにこれは奇妙な縁なのかも知れない。ラッシュアワー時の向かい合ったプラットホーム、愼一と彼女は互いのことを知らずとも意思疎通できている。そして愼一は彼女がとてつもなく大事な人で、もし何かあれば絶対に守ってやろう、そんな親愛の情を抱くようにもなった。そんな親心にも似た気持ちが伝わっているのか、彼女はいつも愼一に微笑み、元気に電車に乗り込んでいく。
 これは一体どういうことなのだろうか? 愼一にはわからない。

 そしてこんな日がしばらく続いた。だが愼一は転勤となった。それから彼女と手を振り合うことはなくなってしまったのだ。