超短編小説 108物語集(継続中)
生あるものはその生涯に一度だけ神から奇跡を授かる。もちろんそれは人間だけではない、すべての生きものに対してだ。
たとえば昆虫のルリボシヤンマ(瑠璃星蜻蜒)。体長90mmのスラリとしたボディに瑠璃色の斑紋がある。ちょっと鯔背(いなせ)なイケメントンボだ。
その一生は卵が水草に産み落とされた時から始まる。そして1ヶ月後にヤゴへと孵化し、静まりかえった沼の底で、5年間大好物のミジンコを食べて過ごす。
水底での呑気なグルメ生活、だから幸せかというと、そうでもない。10回の脱皮をしなければならないのだ。
それをやっとこなし、星々が煌めく夏の夜に、暗い水底暮らしはもう飽き飽きだと、水中から突き出た枯れ枝をよじ登る。そして二度と戻りたくないと、爪を立てぶら下がる。
やがて沼に朝日が差し込み、水面が黄金色に染まる。それを待って、ヤゴはバリッと背の皮を破り、最後の脱皮をする。それから眩し過ぎる太陽光を全身に浴び、時間を掛けて羽化し、やっと成虫となる。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊