超短編小説 108物語集(継続中)
綾音が駅まで見送りに来てくれた。良樹は後ろ髪を引かれる思い、それでも時間は止まらず、ガタンゴトンとたった一両だけのディーゼルカーが入って来た。良樹は心の乱れを抑え、乗り込み、ホームにいる綾音と向き合った。
ひょっとすれば、これが二人の永遠の別離になるかも知れない。そう予感する綾音、涙が止まらない。
無情にもギーと鈍い音を発しながら、ドアーが閉まり始める。
「お兄ちゃん……」
心悲しげに呼ぶ綾音、確かに良樹に再会できたことが嬉しかった。だが、この別れが途方もなく辛い。
今、ドアーがピシャリと閉まりかける。その瞬間だった、良樹が思い切りドアーを開けた。それから綾音へと手を伸ばし、綾音を掴み車内へと誘い入れる。
綾音は驚く。しかし、こんなことになることをずっと待っていたのかも知れない。その綾音の期待に応えるように、良樹が力強く言い切る。
「綾音、僕はもうお兄ちゃんじゃないよ。僕は――夫だよ」
綾音がこくりと頷く。
その決意を確認した良樹は、兄ではなく夫として、この世界で一番の愛をもって妻を抱き寄せる。
そしてやっぱり……、綾音のほっぺをコチョコチョとくすぐってしまう。これに綾音は表情を和らげ、幼かった頃と同じように、安堵した笑みを零すのだった。
(*^o^*) ニコニコッ、と。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊