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超短編小説  108物語集(継続中)

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 パシッ!
 緩やかに流れ始めたグラズノフのピアノ曲。それを打ち破るかのように手の平から冷たい響き。

 しかし、沙里はそれを強調し過ぎることもなく、手を高く上げ、淀みなく舞う。
 そうであっても沙里、きっと満足できないのだろう、汗を噴き出させ何度も何度も繰り返す。
 三日後に控えた発表会、晴れの舞台で美々しく踊るため、このクラシックバレエ教室で練習を積み上げてきた。

 そして──僕は知っていた。
 ライモンダの第3幕ヴァリエーションという演目が、まだあどけなさが残る十二歳の少女にとって、いかに難しいか。それは踊りのテクニックだけではない。立ち姿の美しさや動きのしなやかさ、さらに内面から醸し出されてくる表情、すべてのものが妙妙たるものでなければならない。

 確かに年端もいかない乙女子には荷が重い。されどもこれはプリマへの登竜門、沙里はきっと頑張ってくれるだろう。僕はそう信じ、沙里の舞いを目で追い、エールを送る。

 思い起こせば七年前、僕はこの教室の先生に拾われた。そして、ここで居候することに。
 それとほぼ同時に、五歳の沙里がバレエを習い始めた。
 幼い沙里のバレエ、ウサギのようにぴょんぴょんと跳ねるだけだった。その上、泣き虫。先生からちょっときつい指導を受けると、ワァーと派手に泣く子だった。
 多分口惜しかったのだろう、すぐに僕の所へ駆け寄ってきて、無造作に首をつまみ上げ、小さい胸に息が詰まるほど僕を抱き締めた。

 それでも、やっぱりバレエが好きだったのだろう、友達に負けまいと一所懸命練習に励んだ。
 その甲斐あってか、沙里が十歳の頃のある日、僕は見た。沙里の踊りが明らかに進化を遂げたのを。
 それにしても不思議だった。突然高いハードルを超えたような上達で目を疑った。だが最終的に、そういうことだったのかと僕は納得した。