超短編小説 108物語集(継続中)
それでも確認しなければならないことが一つある。
「このご婦人のダンナは、どこにいるの?」
颯太は振り返ることはできず、肩越しに訊いた。すると夏魔は無言で、細い腕を颯太の首に絡ませてきて、鋭利な指先で差した。颯太がそこへ目をやると、五ミリほどの小さく冴えない蜘蛛がいた。
えっえー、夏魔がもしメス蜘蛛なら……、夫婦になったとしたら、俺はこの冴えないオス蜘蛛になるってこと?
これは充分あり得ることだ。
うーん、恐いし、このまま逃げてしまおうか?
颯太の背筋が凍る。
そんな時に、「夏魔は私の娘よ。獰猛で無口だけど、愛は深いから、結婚してやって」と。
えっ、ご婦人が……、夏魔のお母さん?
颯太は、目の前のコガネクモが囁いたような気がして思わず呟いた。そして、それとは別に── だけど、蜘蛛って喋るんだ! と叫んでしまう。
「颯太さん、なにを一人悶えてるの。きっと毒がまわってきたのね。さっ、朝食にしましょ、大好きなドロドロスープよ」
颯太はこんな夏魔の囁きに、戦々恐々。だが思い切って振り返った。するとそこには、一見優しそうに笑う夏魔がたたずんでいた。
これで颯太は、ホッ!
いや、ゾォー!
はたまた、フシギー!
もう、わけわかりませ〜ん!
とどのつまりが、今年の颯太の夏休み、見事に夏魔に絡め取られてしまったのだった。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊