超短編小説 108物語集(継続中)
彼女いない歴五年の颯太、これは千載一遇のチャンス、やっと運命の女と出会えたかもしれない。もう浮き浮き気分で、夏魔が待つ別荘へと訪ねた。
しかれども……、オーマイゴッド!
これが最初に発した言葉だった。
夏魔がいう別荘、それは別荘ではなかった。手短に言えば、廃墟だ。だが、約束は約束、颯太はドアをノックし、玄関へと入った。するとそこに多分何かの化身か、美姫な夏魔が妖しく微笑み、立っていた。
颯太にぞくぞくと戦慄が走る。そんな颯太の手を、夏魔がぎゅっとつかむ。そして颯太を中へと誘導する。だが夏魔はなにも喋らない。それでも暖かくもてなしてくれた。二人は透明な時間の流れの中で食事をし、ワイングラスを傾けた。
颯太は元来騒々しいのは苦手。そのせいか、夏魔とのこの幽寂な一時、蜘蛛の巣だらけの廃屋ではあるが、まるで繭の中にいるような心地よさを感じた。
そして深夜、それは狼の遠吠えが聞こえてきそうな夜だった。夏魔の甘美な誘いで、颯太は火照(ほて)る女体に身体を重ね合わせた。
「あっ」
夏魔の喘ぎは一声だけだった。しかし、それは颯太との運命を受け入れた夏魔の決意、颯太はそう解釈した。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊