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超短編小説  108物語集(継続中)

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 あれは随分と前のことだ。そうそう、真奈美がちょうど今の愛沙と同じような年頃のことだった。一郎は仕事の関係で、家族とともに南カリフォルニア、サンディエゴから約120マイル東に入ったエルセントロという小さな町に住んでいた。

 サンディエゴはアメリカ西海岸に位置し、海のある風景の中で、光がいつもキラキラと降り注ぐ美しい町。その港町から国道8号線で東に向かう。緑は徐々になくなり、ついには草木の生えぬ岩だらけの山となる。その地獄峠を越えると、眼前に荒涼たるデザットが広がる。
 その灼熱と広漠さの中に、エルセントロの町が忽然と現れる。同じ南カリフォルニアでありながら、サンディエゴとエルセントロはまるで天国と地獄。
 そんなエルセントロの町で暮らす一郎たち、二週間に一度、日本食を食べるのが楽しみでサンディエゴへと出掛けて行った。

 そんなある日、子供たちの要望でラーメン店へと入った。そしてそれぞれに一杯ずつ注文した。
 久々のラーメンだ、美味しい。一郎も夏子も、そして息子も夢中となって、一気に食べ終えた。
 しかし、真奈美だけがいつまで経っても終わらない。元々食べるのが遅い真奈美だった。
 それにしても……。

「真奈美ちゃん、次に日本スーパーに行くから、早く食べなさいよ」
 妻の夏子がそう急かすと、真奈美がふくれて反論した。
「お母さん、このラーメン、ぜんぜん減らないの」

 こんな母と娘のやり取りを聞いていた一郎、それを取りなすためにも、真奈美のラーメン鉢を覗く。するとどうだろうか、確かに店員が運んできた時と同じで、減っていない。いや、むしろ汁面が上昇しているではないか。つまり増えているのだ。
 この時、一郎はピンとくる。
「真奈美、それって……、麺がふやけて、膨らんでるんだよ」

 こんな解釈を聞いた夏子、目を丸くして言う。
「えっ、それって、食べる早さより、ふやけて行く方が速いってこと? 真奈美ちゃん、そうなの?」
 真奈美は母の夏子にそう問い詰められてもわけがわからない。それでも首を傾げながら「うん」とだけ答えた。

 子供の真奈美が格闘する[減らないラーメン]、それは単に日常の些細な出来事だった。だがそこには、外地暮らしの苦労を忘れさせてくれるほのぼのとしたものがあった。そして、家族みんなはお日様のように笑った。

 一郎にとって、また夏子にとっても、それは忘れられない思い出となっていたのだ。