超短編小説 108物語集(継続中)
しかし、男は学校を出て、一端の男になるためにはやらねばならぬことが一杯ある。優奈を好きになってしまったが、受験戦争を乗り越え、社会人に。
だがこれだけでは済まない。自分の地位を固めるために一所懸命働かなければならない。
事実、拓馬は頑張った。そして男の自信がついた時に、「優奈が好きだ、だから一緒になろう」とプロポーズするつもりだった。
だが勤めて三年目のこと、優奈から一通の手紙が届いた。そこに一言書かれてあったのだ。
私、結婚します、……と。
これを目にした拓馬、無念だった。しかし、不思議にそう悲しくもなかった。むしろこれは、結婚するから、もう私の前には現れないでというメッセージだとも推量した。
優奈との赤い糸は結ばれなかった、これも縁、仕方のないことだと拓馬はあきらめた。そしてあとは狂ったように仕事に没頭した。
あれからもう三〇年の歳月は流れた。忘却の彼方に生きる優奈から突然に手紙が届いた。拓馬はおもむろに封を切る。そしてピンクの花柄の便箋を広げてみると、書かれてあったのだ。
私、離婚しました、……と。
そうか、優奈は夫と別れてこれから一人生きて行くのか、と思うと同時に、正直どうしようかと迷う。今でも好きな気持ちに変わりはない。すぐにでも優奈に逢いに行きたい。 が、……、『が』だ、拓馬には共に苦労してきた妻がいる。妻は子供たちを社会人へと立派に育ててくれた。ここまで来れたのも妻のお陰だ。感謝している。
どうしようか?
優奈に逢えば、今の妻との暮らしが壊れる。しかし逢ってみたい。
さりとて逢えば人生の危機となることは間違いなし。
拓馬の気持ちがゆらゆら揺れる。そして思案の末、拓馬は優奈に返事を書いた。
・・・・・・、と。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊