超短編小説 108物語集(継続中)
しかし、その朝は違っていた。亮介も急いでいた。
真正面に彼女と目が合い、どうしようかと一瞬戸惑った。
こんな不測な事態、彼女もきっと初めてなのだろう。「なんで? 信じられないわ」とギョッとしたのが見て取れた。
そして、その一瞬に反射神経が働いたのだろう。彼女は急ブレーキを掛けた。当然スピードは急激に落ち、その結末は……、
バランスを崩し、ユラユラと揺れ――ドボン!
町のプリンンセスが1メートル下の川に、自転車ごと落下。
これはまことに一大事だ。
亮介は手を差し伸べて、めくれ上がったスカートの奥のパンツまでズブ濡れになったお嬢さんを引き上げた。
きっとビジネス街にある一流企業のOLなのだろう、通勤服といえども下着まで高級そう。
しかし、無惨。ふっくらした胸のあたりに、川藻がへばり付いている。
亮介はそのドローンと長くって、異様に緑色の藻を手でそっと取ってやる。
だが、プリンセスはよほど恥ずかしかったのだろうか、亮介の手を払いのけ、家の方へと走り去って行った。
それから自転車は1週間ほど川の中に放置されたままだった。
亮介はその出来事以降、時々駅まで歩いて通う彼女を見掛けたことがあった。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊