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超短編小説  108物語集(継続中)

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「えっ、アサクサで、ドサクサに、明朝体ワールドって?」
 大樹は思わずオヤジギャグ含みで聞き直したが、すでに節子は明朝体ワールドにゾッコン状態。よく理解できないが、そうなのかも知れない。

 そう言えば、今思い当たる。朝電車に乗ってから大樹の目に入ってきた文字、それらすべてが明朝体に変わっていたのだ。駅名も車内の広告も、駅そばの看板までもがだ。
 とならば節子が話すように、俺は今、明朝体だけの世界にいて……、そこに住む節子と会ってるっていうことなのか?

「大樹、何をぶつぶつ言ってるのよ。さっ、行きましょ」
 節子に腕を引っ張られ、大樹は明朝体フォントの大提灯の下をくぐった。そして賑わう仲見世を通り抜け、本堂へと向かう。
 確かに、目に入る看板も店内のメニューまでもが、すべて明朝体。これが現実、節子が言う通り、ここは明朝体ワールドなのだ。

 しかしだ、単一フォントだけではこの世は面白くもないし、情緒もない。
 それなのに、俺はなぜこんな世界に紛れ込んでしまったのだろうか?
 朝起きてから何か普段と変わったことをしてしまったのだろうか?
 順を追って振り返ってみると、するとどうだろうか、一つだけあった。それは電車に乗るため、いつも右から2つ目の改札を通る。しかし今日は、そこがトラブっていた。そのため一番左端の改札を通り抜けた。

「そうだ、わかったぞ! あの左端の改札は、明朝体ワールドへの入口だったのだ」
 こう気付いた大樹、謎が一応解けホッとする。しかれども事態は深刻だ。
 このまま観音さまに二人の幸せな結婚をお願いしてしまえば、現在の延長で、一生涯明朝体のフォントだけしか存在しない世界で生きて行かざるを得なくなる。ちょっとこれはまずいことに。あーあ、どうしようか?

 ヨシ! 今すぐ節子を連れて、左端の改札を反対向けに抜け、元の世界へと逆戻りしよう。
 こう決断した大樹は節子の手を取り、電車に乗り、入口、いや出口となる、その改札を走り抜けたのだった。