超短編小説 108物語集(継続中)
「まあまあまあ」
ここは亀の甲より年の功、デパ地下のさと婆が割って入った。だが婆さんゆえに、現代レディーの心情が理解できてない。そんな空気を読んでか、駒崎姉妹が「夕子、指をお見せ」と手を掴む。
「ホッホー、男ができたんだね」と図星。
それもそのはず、かっての白魚のような指ではなく、そこにあったのはゴツゴツと筋肉がはり付いた指。
「あんた、彼のために、家事や草引きを一所懸命やってんだね」
こう言い当てられた夕子、指を隠そうとぎゅっと拳を握る。
「それで彼は、あんたがスリを生業(なりわい)にしてること知ってんの?」
駒崎姉妹が優しく問い詰めると、夕子は悲しそうに「明かせないの」と。
「わかりました。小指立て夕子さん、もうその指では財布は抜き盗れません。この業界から脱会して……、さっさと彼氏のところへ行きなさい」
若い夕子のことを思ってか、ついに大親分の仕立屋銀次から結論が下された。これに夕子は深々と頭を下げる。
そんな時だった。どかどかと四、五人のデカが会場へと入ってきた。一網打尽にスリたちを連行しようというものだ。
「あれ、なんで、夕子が……、ここに?」
若いデカの銭形が驚きの声を上げる。それもそのはず、銭形の婚約者は夕子なのだ。
「銭形さん、私、OLではなく、スリだったの。これから罪を償います」
やっと悪の道から解放される、そう覚悟を決めたのか、夕子は微笑みながら手首を前へと差し出した。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊