超短編小説 108物語集(継続中)
「なあ瑛太、ツートモって、知ってるか?」
いつぞや友人の吉田が聞いてきた。それは突然で「なんだよ、それ?」と問い返すと、吉田はどや顔で言う。
「いつもの車両、その一角で、毎朝つつがなく、共に過ごす通勤友達のことだよ」と。
「ほう、そうなのか、それなら俺もツートモはいるぜ」と威張ってみると、吉田がそれに釘を刺す。
「ツートモって意外に結束が強くってね。時としておぞましいことが……。おまえも気を付けろよ」
どういうことなのかわからない。ポカンとしていると、吉田は語り始める。
「朝は誰しも不機嫌なもの、だけどツートモの中にいると居心地が良い。だから暗黙の内に、この世界を守ろうとみんな同じ思いになる。だが、それが嵩じて、ツートモ事件が起こったんだよな」
瑛太は耳を疑ったが、吉田は構わず続ける。
「ある朝、異物が侵入してきたんだよ。生意気そうなアンちゃんが耳にイヤホン付けてね、音が漏れてんだよな。それってウッセイだろ、挙げ句にケイタイまで掛けたんだよ。これで平和な朝は壊され、不愉快そのものになったんだろうな」
「それは耐え難いことだよ。で?」
瑛太もこういう事態はあり得ること、興味津津だ。
「電車が終点に着いて、車掌が車内点検するだろ、その時発見されたんだよ、刺し殺された男が。多分、ツートモの一人がやってしまったんだろうなあ」
「えっ、天誅を加えたってことか? だけど、それ、犯罪じゃないか?」
瑛太は背筋が寒くなった。
「もちろん捜査はあったよ、だけどツートモは結束が強くってね、特に口裏を合わせたわけじゃないけど、みんなが言ったんだよ、見知らぬ男が刺し殺して逃げて行ったと。表面上何の利害関係もない、そんなツートモたちが証言したんだぜ、そりゃ信憑性が出てくるよな。それで捜査は迷走し、犯人は未だ見つかってない」
吉田はふうと息を吐いた。あとは得意げな顔で止めを刺したのだ。
「だからツートモって、ヤバイんだよ」と。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊