超短編小説 108物語集(継続中)
「故郷のシュークリーム、もう一度食べてみたいと言ってたでしょ。だから、行ってきたら」
なぜか突然、真希が悲しそうに囁いた。だがそれで直樹は背中を押されたのか、出掛けることにした。
母子家庭で育った直樹、暮らしは貧しかった。それでも中学時代までは楽しかった。高校生活は味気なく、振り返りたくもない。なぜなら高校受験で直樹の心に刺が刺さってしまったからだ。
それでも電車の揺れに身を任せていると、あの時のことが蘇ってくる。直樹はメランコリックな気分となるが、電車はそれでも駅へと到着した。
ホームに降り立った直樹が目にした風景、それはまさにかってのままだった。
そう言えば、あれは高校卒業と同時に、忸怩(じくじ)たる思いを抱きながら、このプラットホームから町へと向かう列車に乗った。それからずっと都会で暮らしてきた。
そして今、恋人の真希がいる。そろそろ結婚をと思うが、ちょっと躊躇している。踏み切れない理由は自分でもよくわかっている。なぜならシュークリームの出来事が払拭できないからだ。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊