楽園
「死の世界と生の世界?」
雨宮は自然とそう口に出していた。窓の外からは相変わらず非現実的な光景
が続いている。唾を飲み込む。それを見かねた老人と目が合う。
「大丈夫だよ。みーんな最初はそうやって困惑する」
「みんな...?」雨宮は言葉の中にある繊細な粒、それが自らの未来を切り
開く鍵になるんじゃないかと血眼で探している。それを見逃してはならない
と本能が叫んでいる。「みんなというのは?」
「ここに来る者だよ」
老人は柔らかい口調でそう答える。それは極自然に。まるで自分だけがこの
世界の非常識であるかのような老人の振る舞いに雨宮は目眩さえ覚える。
「俺は...死んだんですか?」
言葉が口から突いて出た。一番聞きたくない質問だったかもしれない。しか
し雨宮はそれは十分に有り得ることだと思っていた。子供の頃から人は死ぬと
天国か地獄かに行ってそこで暮らすものだと教えられ、雨宮自身もそう信じて
きた。死ねば辛い現実から逃れることができる、と何度も自殺を試みたぐらい
だ。
「いやぁ」老人は遅いレスポンスで喋り始める。「君はまだ死んでいないよ
」老人はまた笑う。
死んでいない───?それはどういう───。
雨宮が口を開こうとした瞬間、雨宮が乗っているバス───が停車した。
また乗客が乗ってくるのか、と思ったが幾ら経ってもその気配はない。
バスはとまった。雨宮と老人を乗せた摩訶不思議なバスがその動きを止めた
。老人は相変わらず微笑みながら椅子にじっと座っている。これが「石」だと
言われれば納得さえしてしまいそうなほど固く微動だにせず座っていた。
「君は言うならば生きている人間と死んでいる人間のちょうど中間さ」
老人はバスが止まって暫くしてそう切り出した。雨宮は驚きながら、しかし
それを顔には出さす老人の言葉を聞いている。
「君は今から罪を清算しに行くのさ。そして君が決めるといい。生きたいの
か、死にたいのか───」
老人はそれだけ言うと席を立ち、のっそりとした動きでバスから出て行った
。
気付くとバスの車内には運転手を含め誰もおらず、雨宮だけがただ最後尾の
椅子に座っていた。