楽園
死の章 『入口』
外を見渡すと点々とした雲と青い地面が広がっている。
ここはどこだろう───。
雨宮篤生は必死に頭を働かせる。しかし寝起きのような気だるさが身に纏わ
れつきその問いの答えは出てこなかった。
夢の中にいるかのような感覚。意識の薄い両手足。体の隅々まで靄がかかっ
たような薄気味悪さに半分驚きながらも動けずにいた。
眠りにつく寸前の意識が遠のく瞬間、それが永続しているかのような感覚。
雨宮はもう一度外を見渡す。やはりそこには先ほど見た景色、点々とした雲
と青い地面だけが遥か彼方まで続いている。
青い地面──?
そこで驚き息が止まる。雨宮がそれまで青い地面だと錯覚していたものは空
だった。
俺は何故こんなとこにいるんだ───?
次第に頭が思考を始め、手足にも力が甦ってくる。
俺は、空の上にいる。何故だ?雨宮は思い出していた。
しかし出来るだけ自分が思い出せる範囲の過去というのは案外少ないもので、
空の上に自分がいる理由を自らの過去から導き出すことはできなかった。
雨宮は首を振りまわりを見渡した。
何脚かの緑色の椅子に「押してください」と赤い文字が表示されているボタ
ンが見える。それにガタコトと道を走る音に両側にいくつかの窓。誰がどう見
てもそれはバスだった。雨宮はもう一度心の中で呟く。
俺は何故こんなとこにいるんだ───?
そう問うたところで答えが返ってくるわけもなく、ただ見慣れたような懐か
しいバスの車内を見渡しながら最後尾の5人掛けの椅子に座っていた。
車内を見渡す限りこのバスは自分が幼少期に乗ったバスに似ている。近所を
走る肌色のバス。
バスの車内というのは非常に落ち着く空間だ、と昔母が言っていた。「私が
大人になっていつでも味わえる"懐かしい"はバスぐらいだわ」と。
幼少期には分からなかったその言葉が今では物凄く胸に染みた。
そのせいか雨宮は特別驚きも慌てることもせず、ただ冷静に今の状況を分析
していた。
昨日の過去、いやそもそも昨日という曖昧な線引きがそこにはあるのかさえ
分からないが、とにかく雨宮は少し前までの自分を必死に思い出していた。