天使は誰も救わない
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よくよく話を聞けば、圭吾さんはずっと貯金していたらしい。一定の額を貯めるのがみっちゃんと結婚するための条件だって、一人で決意して。空中、冥界、天界、十年前と旅をしたダイヤの指輪は無事、私の右手からみっちゃんの左薬指に戻すことができ、今二人は、新居探しや式場選びに奔走している。
病院で目覚めて約一ヶ月。植え込みがクッションになった奇跡に家族とみっちゃんは涙したけど、私はしっくりきてなかった。何故生きている。天国へ逝く予定はどうなった。
由緒正しき学園の高等学校の、入学式前。みっちゃんからもらったセーラー服のホックを外し、左袖を捲り上げる。引っかき傷、噛み傷、擦り傷はあるも、その中央からホクロは消えている。だからこそ、私は納得できずにいる。仕事は遂行するんじゃなかったのか。
桜の木の下、春の風が吹く。「あー、のな」、後ろから聞こえた声にハッとする。
「神様もーなんか多忙で?」
「……!」
「たまには息抜きに、化けてお忍びに人間界へやって来てたりしたんだと……」
振り向くと一人の少年が立っていた。白い衣装に白い翼、頭上に浮く金色の輪、金髪と空色の目……それらは私の幻覚だ。実際は学ランを着た、黒髪濃茶目、日本人らしい男子高校生が、激しく眉を寄せて立っていた。
「でー、オレは、修行が足りないとかで、自らの非力さにも負けない勇気ある淑女に、人間とは何か、指導を受けよとのことでー……」
お忍びの変化を見破れないことを修行不足とかねーだろとのぼやきだって聞き逃さない。
右手が髪に突っ込まれた。
「……ご指導ご鞭撻、どうぞよろしく」
沙矢子。呼ばれた名のなつかしさと、教育係として生き返らせてもらったという事実のおかしさに笑いを堪えながら、私は自ら名付けた二文字を舌に転がした。