ゴーストライナー
――残暑の厳しい秋口のことだ。その日は遠くで祭り囃が聞こえてくる宵の頃。私はどこからか聞こえてくる水笛の音を聞きながら、隣町までの切符を買った。
ボックス席がまかり通る程度の乗車率なのが私が住んでいる町の交通事情なのだが、それでもこのローカル線は地元の住民に重宝されている。私もその一人なのだ。
秋にもなると日の落ちは早くなる。思ったより手間取った買い物だったが、どうにかこなすことができた。私は線路を跨ぐ歩道橋を渡り、反対側のホームに向かう。
この駅は相対式ホーム構造を持つ交換駅である。要は、上りと下り別々のホームを持つが、実質単線の駅であり、この駅では対向列車が通過するまでは上りも下りも停車するわけだ。この時間になると下り列車も込み出すが、今日は何故か人の姿を感じなかった。
五分ほど待つと、列車が到着する。これから五分ほど待つと上り列車が到着する予定だ。
列車の中には乗客は皆無だった。私はそれを良いことに、早々に昇降口に一番近い席を取る。
二分ほど経っただろうか。人の気配を感じた。どうやら祭りから引き揚げてきた人なのだろう。私は人の気配を感じた方を向いた。
――ユラユラ、ユラユラ。見覚えがある。
――ユラユラ、ユラユラ。アレはよくないものだ。
――ユラユラ、ユラユラ。アレは、こわいものだ。
列を成すこわいものは、ユラユラとこちらに向かって歩いてきていた。
どうして? なんで今ここで見ちゃったんだ? あまりに唐突な遭遇に、私は腰が砕けてしまう。
彼らは、当然のように改札を通り過ぎ、歩道橋を渡り、こちらのホームへと歩いてくる。
足が動かない。危機感がさっさと逃げろと警鐘を鳴らすのに、足は全く動こうとしない。
彼らは乗車した。少しずつ、列車の人口密度が増えてゆく。
――いや、そもそも彼らは人なのだろうか。いや、人の筈がない。目がそっくりそのままない人間が、こんなに集まって列車に乗るわけがない。
少しずつ、席が埋まってゆく。焦って周りを見回すと、すると、上り列車が到着するのが見えた。
上り列車の窓がこちらから見える。
――人、人、人! 眼球のない人間が一斉にこちらをじぃっと見つめていた。
周りを見回すと、乗客全員もこちらを見つめている。
ここは人の、生きている人間の来る場所じゃないっ! すぐさまそう感付いた。
だけれど、足は動かない。腰は砕けて、全く力が入らない。
「ぁ、あぁ……」
対向列車唸りを上げる。人でない乗客を乗せた列車は、少しずつ動き始める。
列車が完全にホームから発車した頃に、ぷるるるると、列車が発駅アナウンスが流れる。
その時、ぷつん、と。何かが切れる音がした。途端に足に力が戻ってくる。急いで立ち上がり、昇降口から飛び出した。
振り返ると、目のないこわいものたちが、硝子を挟んでこちらを見つめている。
彼らはずっとこちらを見つめながら、列車と共にホームを離れて行く。
しばらくすると、人の話声が聞こえてきた。そのことが、何よりも私を安心させた。
あのままアレに乗っていたら、私はどうなっていったのだろう? どこに辿り着いたのだろうか。そう思うと、身震いが止まらなくなった。
けれども、そんなことよりも気になったのが、あの列車に乗っていたこわいものたちのことだった。その後、彼らの姿を見ることはなくなり、今のところこれ以上の不思議なことに出会ったことはない。
彼らは一体何だったのだろうか?
――答えはまだ出ない。