深海の熱帯魚
一階の角にある部屋のドアに刺さっている表札用の白い紙を抜き取ると、童顔茶髪が持っていた黒マジックで「読書同好会」と、男性にしては整った文字で書き、刺し戻した。
ドアを開けると、会議用のテーブルやパイプ椅子、ホワイトボードが置かれた小部屋だった。
「とりあえず座ろうか」
パイプ椅子を円形に配置し、声のデカい男がエアコンのスイッチを入れると「ピッ」という音と共に少し温かい空気が流れ出てきた。どうやらこの場を取りまとめるのは、声のデカイ笑顔のこの男らしい。
「で、本当に読書が好きなの?」
童顔茶髪は一人だけ後ろを向いて座り、机に足を乗せている。相変わらず抑揚のない声で訊くので、私はムッとして答えた。
「好きですよ、だってここ、読書同好会でしょ?」
何もおかしな事は言っていない筈なのに、何故か三人とも吹き出したので、私は戸惑った。何、この置き去りにされている感覚。声のデカい男が説明をし始めた。
「俺らは読書好きでも何でもなくて、新規で小さいサークルを立ち上げたかっただけなんだよ。上下関係とか面倒な事を抜きにしたくて。さっきコイツが言った通り、思い出作りにね」
と、男前を指差して言うので、「じゃぁ読書は......」と訊くと「勝手に読んでりゃいいじゃん」と抑揚ない声がしたのでそちらへは目線を遣らない事にした。