あの山も風でとべる
「最っ低!」
女はそう言うと、バッグをつかんで外へ出て行った。ヒールの音が遠ざかっていく。
取り残された男は、勢いよく立ち上がると占い師の胸ぐらを掴んだ。小柄な体躯はされるがままになっている。
「てめぇ・・・!どうしてくれるんだ」
顔を近づけ男は凄むが、占い師はまったく怯む様子がない。
「弁解するなら、彼女を追った方がいいと思いますが?」
冷静な言葉を返され、男はチッと舌打ちする。
「だから占いなんかやめとけって言ったんだ」
結局、悪態を吐きながら出て行った。
倒れた椅子と乱れたトランプをしばらく眺め、占い師の男は誰もいない空間に向かい、投げ遣りに呟いた。
「ありがとうございましたー」
* * *
その占い師は、一部の女性の間では有名だった。
いわく、“彼氏と別れたい時の占い屋さん”として。
当たるかどうかなど関係ない。相性を占ってもらえば間違いなく不吉な結果になるというので、別れる際の口実には絶好という訳だ。
今まで色々な職業を転々としてきたが、この仕事はかなり金になるのでしばらく続けている。恨みを買うこともあるが、そういうものだと割り切ってあまり気にしていない。襲われないよう用心はしているが、その時になったら仕方がない。
数十年しか生きていないが、そう人生を諦観していた。
どうせ自分は空っぽなんだ。
生きていくには、何かに“なりきる”しかない。今は占い師という役を演じているだけ。
ふと机の上のジョーカーと目が合った。
「お前も嫌われ者で一人ぼっちなんだな。可哀想に」
感情の込もっていない声で言い、フッと微笑む。
顎のほくろが、何も言わず薄明かりに照らされていた。